イマドキのクマには昔の方法は効かない!? 出会ってからでは遅い! アイヌ直伝のクマから身を守る知識

暮らし

公開日:2016/10/15

『クマにあったらどうするか』(姉崎 等・片山龍峯/筑摩書房)

 春の山菜採りや秋のキノコ狩りなどで山に入った人がクマに襲われたというニュースが毎年のようにある。昔は、クマが人里近くまで下りてくることは珍しかったが、最近は人間の生活圏がクマの生活圏に近づいてしまったせいもあり、意外とクマに出くわすケースが増えているようだ。そこで、『クマにあったらどうするか』(姉崎 等・片山龍峯/筑摩書房)という本を紹介したい。

アイヌ民族最後の狩人が語るクマの生態

 この本の著者はアイヌ民族最後の狩人といわれる姉崎 等氏。アイヌ最強のクマ撃ちともいわれる人だ。彼がどうやってクマ撃ちになったかというところから始まり、体験の中で知り得たクマの生態について語られていく。ところどころ、聞き手の片山龍峯氏が質問をし、それに姉崎氏が答えるという形式で話が進められる部分がある。クマに組み伏せられても絶対に生き延びられるという興味深い内容だ。

 例えば、姉崎氏が丸腰で山に入った際にクマに出会ったエピソードは、一般の人でも参考になるかもしれない。普段狩人として山に入るときは鉄砲を持っている姉崎氏だが、キノコを採りに入る際は丸腰で入る。そんなときにばったりクマに遭遇したことがあった。経験として背中を見せてはいけないことと、むやみやたらと大声を出さずに対応した。いくら大声でも焦ったような声を出すとクマが手を出してくる。腹の底から「ウォー」という声を出しながらクマの目をじっと見て動かないようにしていた。そうすることで、クマも適度な距離を取り、去っていったのだ。クマに出会ったときは、クマに自分の方が強いと思わせてはいけない。クマよりも優位に立たなければならないのだ。

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大きいクマの方が安心

 アイヌ民族独特の考え方かもしれないが、姉崎氏は大きいクマの方が安心だという。大きくなるまで悪さをせずに育ってきたから、人のことも襲わないと考えるものらしい。しかも、彼の体験上、人を襲うクマに大型のものは意外と少ないというのだ。クマが立ち上がると、人間は今から自分を襲おうとしているのだと思って、とっさに動こうとしてしまう。しかし、立ち上がったクマは、本当は自分の安全を確認しているだけらしい。クマの方がびくびくしているときに、人間が動いてしまうから、クマも慌てて反応する。大きいクマよりも小さいクマが危険なのはそのせいでもある。

イマドキのクマには昔の方法は効かない

 昔の人の言い伝えは正しいこともあるが、時代に合わなくなっていることもある。例えば、山に入るとき、クマよけのために笛を吹いたり、空き缶を鳴らしたりして入ることがあるが、最近のクマには効き目がないと姉崎氏はいう。人間が進化するように、クマも進化するというのだ。体験として大丈夫だということがわかってしまうと、クマも音を怖がらなくなるためだ。

 また、アイヌの狩人の言い伝えとして、昔はクマの頭は狙ってはいけないといわれていたそうだが、鉄砲の時代になったらその言い伝えは合わなくなってしまった。鉄砲の場合、一発で仕留められる可能性が高いため、頭を狙って動きを止めた方が確実なのだ。もちろん今は、アイヌ民族のクマ狩りも禁止されているため、クマを鉄砲で撃つことはなくなったが、弓矢で仕留めていた時代の言い伝えは鉄砲には合わないということだ。

 姉崎氏は、2013年に他界している。この本は生前のインタビューを本にしたものだ。クマを自分の師匠だと言っていた姉崎氏は、クマ狩りが禁止されたことにより2001年には鉄砲を手放した。しかしそれまで何十年とクマ狩りのために山に入り、何度もクマに遭遇しながら、一度もケガをしたことがない。クマの行動を知り尽くしているからだ。アイヌは親グマを捕まえたせいで一人ぼっちになった子グマの世話をし、一緒に生活するという。子グマと相撲をとるときは、たまに負けてやって子グマのストレスが溜まらないように気を遣うというのだから、クマの気持ちが手に取るようにわかるのだろう。クマの生態を記した生物学の本としても、アイヌ民族の文化を記した民俗学の本としても興味深い、内容の濃い1冊だった。

文=大石みずき