「殺し文句」はビジネスの武器! スティーブ・ジョブズが、格上の会社から役員を引き抜く際に放った言葉とは?

ビジネス

更新日:2017/1/19

『ザ・殺し文句』(川上徹也/新潮社)

 読者諸氏は「説得」に自信があるだろうか。私はまったく自信がない。どうすれば相手が納得してくれるか、考えるだけでも億劫だ。逆に相手から強く迫られて、上手く言い返せなかったことのほうが多く、いまだに腹立たしく思うことしばしばである。何とか上手い対応を身につけたいと思っていた折に見つけたのが、この『ザ・殺し文句』(川上徹也/新潮社)だ。

 本書はカリスマ経営者やプロ野球監督、政治家らが説得の際、ここぞという時に使ったとされる「殺し文句」の事例を紹介し、その秘訣を分析。さらに、実践的な活用法を解説している。ビジネスでの事例が多いのだが、人間関係全般にも応用は利きそうだ。

 最初に紹介されるのが、かのスティーブ・ジョブズ氏が1983年にペプシコーラ社の事業担当社長をしていたジョン・スカリー氏をアップル社に引き抜く際に使った殺し文句。

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「このまま一生砂糖水を売り続けるつもりか? それとも世界を変えてみようと思わないか?」

 有名なセリフだけに、聞いたことがあるかもしれない。当時のアップル社はシリコンバレーを代表する企業ともいわれていたものの、まだまだ新興のベンチャー企業だった。世界規模の市場を持つペプシコーラ社には到底かなわない。しかし、ペプシコーラを「砂糖水」といい切り、アップルに移籍することを「世界を変える」と魅力的に表すことで、その差を埋める説得力を持たせたのだ。

 このように格上企業の役員を引き抜くなどという場面は、我々一般人にはそうそうないだろうが、ここでのポイントは心得ておきたい。これは二者択一の典型的パターンなのだ。人は問いかけに対し、ついつい答えを探してしまい、しかもそれを自身のこととして考えてしまう。そこで二者択一の質問をされると、その中に正解があるのかと考えがちだ。その際、選ばせたい片方を魅力的であるようにたとえ、逆を貶めれば大抵の場合は魅力的な選択肢を選んでしまう。使いかたが悪ければ誘導尋問にも等しいのだが、迷っている相手の背中を押すには抜群の殺し文句となりうるのである。

 他にも、迷っている相手の背中を押した言葉がある。1996年に西武ライオンズからフリーエージェントを宣言した清原和博氏。当時は阪神タイガースと読売ジャイアンツによる熾烈な争奪戦が繰り広げられていたのだが、最終的にはジャイアンツへと決める。その決め手となった言葉がこれだ。

「思い切って僕の胸に飛び込んで来てほしい」

 古い青春映画のようだが、この言葉の主こそが当時、ジャイアンツの監督だった長嶋茂雄氏。言葉自体に納得させる根拠はないが、長嶋氏自身が伝説の人物なのだから説得力は半端ない。

 人は断言されると弱いものだが、信用はおろか根拠や責任のない断言に揺らぐほど愚かではない。しかし、本気で自分を信頼して誘ってくれるなら話は違う。相手との信頼関係を築き、根拠を示した上で責任を持って断言すれば、きっと相手の心は動くはず。

 数々の事例が示す通り、交渉の場での殺し文句が有効な武器となりうることは明白。だが、その強力さゆえに人を騙す技術として応用できるため、本書でも注意を促している。ここで書かれた事例はあくまで相手の背中を押して、互いに前進することが目的なのだ。私自身、過去の仕事相手から「力を貸してくれ」といわれて簡単に仕事を引き受け、サギまがいの事態に遭遇したことがある。身につまされる思いであるがゆえに、正しい心で殺し文句を用いてほしいと切に願う。

 もっとも、本書で取り上げられた殺し文句たちはどれも魅力的で、まずはこれらを話のタネにするだけでも良いだろう。有名なエピソードも多いので、初めて会う相手でも会話を深める良いきっかけとなるはずだ。大事なのは、相手との信頼関係を構築すること。こればかりは上っ面の言葉を重ねても意味がない。ジョブズ氏もスカリー氏との交渉には時間を費やし、信頼を築いた上で放ったのが、先の殺し文句である。私自身も、まずは信頼される人間でありたいと思う。

文=木谷誠