オードリー若林正恭、初の小説『青天』! 一流の選手にも、優等生にも、不良にもなれない。ひねくれ者の高校生がアメフトに全力でぶつかる青春小説【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/2/20

青天
青天(若林正恭/文藝春秋)

 久々に、こういう熱い小説を読んだ。ページをめくるたび、すえた汗の匂いが漂う。不器用で無骨で、常に体当たり。————なのに、主人公は全然まっすぐじゃない。人の輪に入りきれないくせに、無関心でもいられない。熱さと自意識の居心地の悪さが同居する、ひねくれ者の青春が、やけに胸に突き刺さる。そんな小説は、あの人気芸人だからこそ、描き出せたに違いない。

 その芸人とは、オードリー・若林正恭。『青天』(文藝春秋)は、オードリー・若林が描いた初めての小説だ。若林といえば、現代人の生きづらさや人見知り特有の自意識を、ユーモアを交えて描き出したエッセイで人気を集め、キューバへの旅行記『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(文藝春秋)では第三回斎藤茂太賞を受賞したことでも知られる。そんな若林が初の小説で描き出したのは、アメリカンフットボールに自らのすべてを捧げる高校生の姿。タイトルの「アオテン」とはアメフトの用語で、試合中に仰向けに倒されること。中途半端な自分への焦り、内省、胸の内に宿り始める情熱。全力でぶつかり合う高校生の姿が、私たちの眼前に現れる。

 舞台は四半世紀前の東京。総大三高のアメフト部に所属する「アリ」こと中村昴がこの物語の主人公だ。身長170cm、体重62kgという体つきで運動神経も平凡なアリが所属するアメフト部は、万年二回戦どまりで、相手校の練習を隠し撮りして迎えた高三の引退大会でも、強豪・遼西学園に惨敗した。引退後、周囲が受験へ向かうなか、元々成績が悪かったアリは卒業ギリギリ、大学進学は絶望的で、勉強することに意味を見いだせない。かといって、不良になる覚悟もないまま、宙ぶらりんな日々を過ごしていた。そして、自分自身の不甲斐なさにもがき続けた末に、アリはもう一度アメフトと向き合うことを決意する。

かっこ悪くても、あがき続ける――高校生の青春

 まさにこの作品は、社会を斜めに、冷静な視点で見つめるエッセイで共感を得てきた若林による小説だ。なんといっても主人公のアリが、まさにその雰囲気の男なのだ。たとえば、アリは、引退試合に負けても、「お前に悔しがる資格は無いと、誰かに言われて見張られているような気分」で涙を流すことさえできない。仲間や教師を斜に構えた視線で見つめながら、胸の内では常に悪態をつき、それなのに、それを口に出さず、周囲の目を気にしてばかりいる。そういうアリの青春は、当然キラキラしたまっすぐな日々ではない。一流のアメフト選手にも、優等生にも、不良にもなれない。何にもできないし、誰にもなれない。すべてが中途半端だという焦りの果てに立てた少しの間だけ「真面目に生きてみよう」という誓い。かっこ悪くあがき続ける高校生のごちゃごちゃとした感情に、真正面からタックルを喰らったような衝撃を受ける。「この感情、知っている」————過去の自分に出くわしたような、その自分が救われるような心持ちにさせられるのだ。

 負け続けて、手持ち無沙汰になって、でも投げ出しきれない瞬間にこそ、人は生まれ変わることができる。努力なんてしてこなかったアリは、いつの間にか朝練をしないと落ち着かない身体になった。試合前には「悔い、残んねぇかもしんねぇな」「今の自分の身体が好きだし。信用できる」なんて思えるほどになった。特に、クライマックスの試合のシーンは見もの。アメフトをまったく知らなくても、アリと仲間たちの情熱に興奮せずにはいられない。ひとりよがりだったはずのアリの変化、成長に静かな感動が湧き上がってくる。

 ああ、この青春小説も間違いなく大きな話題を呼ぶに違いない。衝撃が脳を揺らして、目の前に火花が散る。自然と口角が上がる。「人にぶつかっていないと、自分が生きているかどうかよくわからなくなる」――ぶつかれる場所を失った人が、もう一度ぶつかりにいくこの物語を、青春の苦みと悦び、ひねくれ者が全力を尽くす熱さを、ぜひともあなたも味わってほしい。

文=アサトーミナミ

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