即完売した幻のZINEが大幅改稿で待望の書籍化。「ほぼ日」で話題の中前結花による甘くてじんとするエッセイ集『ドロップぽろぽろ』【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/4/23

ドロップぽろぽろ
ドロップぽろぽろ(中前結花/講談社)

 口の中でドロップを転がすような、そんな気軽さで読み始めたのだけれど、ときにうるっと、ときにじんときてしまった。嬉しい涙、悔しい涙、わけもなく流れてしまった涙……。大人になってもなお、うまく言葉にできない感情の粒は、きっと誰の胸にも残っているに違いない。このエッセイ集は、そんな一粒一粒がどれも無駄ではなかったのだと思わせてくれた。

ドロップぽろぽろ』(中前結花/講談社)は、「ほぼ日」に掲載されたエッセイが話題となり、さまざまなメディアで文章を書いてきた中前結花さんによる作品。もともとはZINEとして発売され、あっという間に完売してしまった幻のエッセイ集を大幅に改稿し、装丁も新たに生まれ変わった全15篇が収められている。ページをめくるたびに思わずぽろぽろ泣けてしまうが、決して悲しい本ではない。取りこぼしてしまいそうな日常の大切な時間をすくい上げてくれるようなやさしさに満ちた1冊なのだ。

■好きなものを選ぶということ――「ショッキング・ピンク・ショック」

 たとえば、私が強く心を動かされたのが、「ショッキング・ピンク・ショック」。幼い頃から、その日の天気とは関係なく、「どうしても今日これが着たい」という気持ちを大切に服を選んできた中前さんは、就職を控えた大学4年生の冬、ショッキングピンクの春物のコートと出会う。ドラマの中の観月ありさが着ていそうなそのコートは中前さんに驚くほどよく似合い、社会人になってからは、母からの「会社には着ていかれへんよ、これは」という忠告のもと、休みの日だけ着るようにしていた。けれど、憧れのテレビ業界に転職した先で待っていたのは、毎日スーツを着ることを求められる窮屈な日々だった。少しでもカジュアルだとたしなめられ、濃紺のジャケットばかりを身につけるうちに、気分まで曇っていく。やがて限界を迎え、退職を決めた中前さんは、最終出勤日、あのショッキングピンクのコートを着て会社へ向かう。最後に綴られる「今日もわたしは、着たい洋服を着て、書きたいものを書いている」という一節は、読み手の胸までふっと軽くしてくれる。思うようにいかない毎日のなかでも、それでも「好き」を選び直すことはできる。自分の「好き」を取り戻すことの強さと尊さを、この一篇はあらためて教えてくれる。

■時間をかけて届いた歌詞――「おひさま」

 また、読みながら涙が止まらなくなってしまったのは、母の思い出を描く「おひさま」だ。幼い頃から歌詞を読むのが好きだった中前さんは、かつて母に、自分と同じ気持ちを歌ってくれる歌に出会うと、「パァーって目の前が明るくなるときがある」と話していたという。その言葉を、母はずっと覚えていたのだろう。社会人となり、東京で一人暮らしを始めた頃、母は「まったく同じ気持ちになれる歌に、はじめて出会った」と連絡してきた。けれど、中前さんは、忙しさのあまり、勧められた曲を聴かないまま過ごしてしまった。そのままその歌について母と語る機会を持てなかった中前さんだが、それでも今もふと、母が言っていた歌詞のことを思い出す。――それがどんな曲のどんな歌詞なのかは、この本で読んでほしい。このエッセイが胸を打つのは、ただ不可逆な出来事が描かれているからではない。時間をかけてこそ届く言葉があること、会えない人の想いが言葉を通してこちらに届くことそのあたたかさが、どうしようもなく胸に迫るのだ。

■何気ない日々のかけがえのなさ

 そのほかにも、中学受験と家族のどこかおかしくて愛おしい応援を描く「神様のテスト」、先輩の結婚式でスピーチを任された日の「アーモンドの予感」、仕事での失敗と別れの痛みをにじませる「最後の下駄箱」、この本が生まれるきっかけになった最後の一篇「オトモダチ」まで、この本では、中前さんのさまざまな思い出が綴られる。それらは日常の何気ない場面だ。けれど、だからこそ読み手はそれらを自分の思い出のように感じる。中前さんの思い出に触れているうちに、自分の胸の奥にしまっていた小さな感情も、ひとつずつやわらかくほどけていく。嬉しかったことも、悔しかったことも、あのときちゃんと言えなかった思いも、どれも自分の大事な一部だったのだと気づかされる。今までの自分をそっと認めてもらえたような、消化できなかった思いとやっと向き合えたような感覚にさせられる。

 読めばじんわりあたたかくなる。読み終えたときには、大切な人に電話をかけたくなる。何気ない日々をもう一度いとおしく思わせてくれる、やさしい1冊。そんなこの本は、言葉にできない気持ちを抱えたまま、大人になったあなたにこそ読んでほしい。

文=アサトーミナミ

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