生贄として生きてきた少女がたどる「数奇な運命」とは――直木賞作家・澤田瞳子による、先読み不能、極上歴史エンタメ【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/4/25

金波銀波
金波銀波澤田瞳子/中央公論新社)

 巫子、といえば神社につかえる巫女、あるいは占いにかかわるような神秘的な存在を想像する人が多いだろう。だが、小説『金波銀波』(澤田瞳子/中央公論新社)の主人公・由良(ゆら)はちがう。船が嵐に巻き込まれたとき、あらぶった海神を鎮めるため、生贄としてささげられる存在のことだ。つまり、船員の無事を祈って、海に投げ込まれるのである。

 年齢も、性別も、関係ない。生まれたばかりの赤子だって、巫子として売り買いされて、そのときがくれば容赦なく犠牲にされる。実際、由良が巫子を売る商売船に乗ったのは赤ん坊のころ。親の顔を知らず、名前も船長の赤名という男につけられ、陸での暮らしを知らないままに生きてきた。本作は、そんな彼女がたどる数奇な運命を描いた物語である。

 ……と、一言でまとめてしまうと「歴史ものかあ」と敬遠してしまう人もいるかもしれない。実際、舞台は貞観8年(866年)。応天門の変が起き、藤原北家が政治の実権を握っていたという背景も物語に影響してくるし、皇位継承からはずれた高丘親王の名もちらりと出てくる。そうした政治のせめぎあいも、登場する人物関係には多少なりとも、作用する。日本史の知識をふまえていれば、より楽しめるのは間違いないが、それ以上に個人的にプッシュしたいのは、本作がまったく先読みできないミステリーであり、なおかつ海賊たちのアクション活劇であるという点。

 海賊に襲われた船から放り出された巨大な櫃。赤名の船が拾ったそれは厳重に封じられており、なかには縛られた男が入っていた。この福雄という男が、すべてのカギとなる。やがて売られていった先で、由良は巫子としてだけではない特別な役目を負うことになるのだが、その一環として乗り込んだのが、くだんの海賊・宗継の船である。もちろん宗継は福雄のことなんて知る由もないのだが、福雄の行方を血眼になって探す存在にかくまっていると誤解されたせいで、とんでもない悲劇にみまわれてしまう。復讐を誓う宗継の旅路に、由良も同行することになるのだが……。

 いやもう、物語が動き始めてからの展開が怒涛で、息継ぐ暇もないのである。縁とは数奇なもの、というのも本作におけるテーマの一つだが、由良を中心に袖振り合うさまざまな縁が数珠つなぎにつながって、思いもよらぬ展開を見せていく。カギとなるはずの福雄は気配はすれども、ちっとも見つからない。いったいどう収束していくのか、気になって読む手が止まらない。

 絡み合う人間関係のなかで浮かび上がるのが、これと決めた人に対する熱情だ。それは忠義であり、恋であり、家族愛でもあり、かたちはさまざまだけど、由良が出会うほとんどの人に、わが身を犠牲にしてでも守りたい、幸せになってほしいと願う誰かが存在している。由良には、それがわからない。ただ、どんなに先が見えない、命の保証もない営みでも、海のただなかに戻りたいという思いがあるだけだ。その、強い思いが彼女を波乱の渦へと導いていく。

 金波銀波とは、太陽と月の光に照らされ美しく輝く波のこと。ときに荒れ狂い人の命を奪うその波間に漂いながら生きぬいていく由良たちの、美しい命の輝きにもまた、読みおえたあとはぐっと打たれる。

文=立花もも

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