人が“悲しみ”で死ぬ世界。心痛を利用した「物証のない殺人」の謎に挑む、乾ルカの異色ミステリー『神の代役』【書評】
PR 公開日:2026/7/1

人は、悲しみで死ぬ。それが比喩ではなく、病死として認定された世界を描くのが、乾ルカさんの小説『神の代役 HBD調査鑑別室』(ポプラ社)だ。抗体誘発型体内雷撃死、通称HBD。Heart Break Death、つまり心痛による死のことである。といっても、誰もかれもが悲しむたびに亡くなってしまうわけではない。特定のウイルス抗体を持つ人が、特定のストレス物質を分泌した状態で、生きる希望を失うほどの悲しみを味わうと、二つ目のストレス物質が分泌される。すると、二つのストレス物質が化学反応を起こして死に至る、というわけである。
それだけなら、単なる痛ましい話である。問題は、その悲しみを利用して、物証のない殺人を犯すことも可能だ、ということだ。北海道の医療研究センターに就職したばかりの主人公、一ノ瀬美羽が配属されたのは、HBD調査鑑別室。HBDで亡くなった人の、悲しみの原因はなんだったのか。そこに第三者の故意が介入していなかったか、調査するのが仕事である。
楽しかったはずの瞬間に「HBD死」した理由は? 人の心の複雑さを解き明かす
ある女性は、趣味の友達とビッグニュースに湧いていた、楽しかったはずの瞬間に。ある男性は、誰とも会話をかわさず、ひとりでベンチに座っていたさなかに。突然、HBD死を遂げた人たちの悲しみとは、絶望とはなんだったのか。彼氏と別れたから? 家族もなく孤独だったから? 類推するのは、簡単である。だけど、多くの場合、それは真実ではない。たとえ、いじめを受けていた子どもであっても、HBD死した理由は他にあるかもしれない。一見、簡単に解決できそうなケースを、あらゆる角度から検証して人の心の複雑で曖昧な部分を解き明かしていく。それが本作の読みどころである。
人は、誰もが悲劇と感じる理由で死に至るほどの絶望を味わうとは限らない。けれど、誰もが「そんなことで?」と思うような些細な理由で、生きる希望を失うこともあるのだということを、本作を読んでいると、つくづく感じる。そしてそれは、HBDの存在しない現実においても同じだと。
「殺人」と認定されない、意図的な死。現実に重なる、誰かの言葉やふるまいの「重み」
本作では、意図的にHBD死を引き起こしたとて、罪には問われない。いずれ法改正で罪に問われることがあっても、今はまだ、現実と同じで「相手の心を傷つけた」だけでは、誰も罰せられない。でも調査室によって暴かれた罪を、その人は背負って生きることになる。仮に「そんなつもりはなかった」のだとしても、誰かを死に至らしめるほどの行為を自分がしてしまった、という事実は消えない。人の言葉には、ふるまいには、それだけの重みがあるのだということに、読みながらおそろしくもなる。悪意ではなく善意が……「よかれと思って」のふるまいや、誰かに対する深い愛情が、その引き金になるかもしれないのだ、ということも含めて。
本作のなかで、いちばん印象的だったのは、なぜ自分は死なないのかと訴える女性だった。これほどの深い絶望を味わっているのに、もうじゅうぶん、HBD死に至る悲しみを手にしているのに、どうして死ぬことができないのかという悲痛な叫びに、胸が痛む。それほどの痛みを背負いながら、生きねばならない人というのも、現実にはたくさんいる。
心とは、本当に、複雑で難しい。だからこそミステリーにもなりうるのだと、改めて思わされる小説だった。
文=立花もも
