広瀬アリス主演映画「沖晴くんの涙を殺して」の続編が示す希望とは。喜怒哀楽の「喜」以外の感情を失った少年が、自分と真逆の女性と出会い…【書評】
PR 公開日:2026/10/2

広瀬アリス主演で映画化が決まった小説『沖晴くんの涙を殺して』(額賀澪/双葉文庫)は、9年前に津波で家族を亡くして以来、喜怒哀楽のうち「喜」以外の感情を失った高校生の少年、沖晴をめぐる物語である。……というと、あまりに過酷な経験を経て、心が壊れてしまったのだと誰もが思うだろう。
だが、そうではない。沖晴くんがいうところの「死神との取引」によって彼は感情を引き換えに命を助けられ、しかも穴を埋めるように特殊能力を授かった。一度覚えたことは忘れない記憶力と、類まれなる身体能力、人の死期がわかる能力、それからどんなにひどい怪我も一日たてば治ってしまう治癒能力。この治癒能力があるから、読者も、そして4年ぶりに帰ってきた地元で沖晴くんと出会った元音楽教師の京香も、それが単なる「心の傷ゆえの後遺症」ではないことがわかる。
余命1年を告げられ、唯一の身内である祖母とともに残りの日々を過ごそうと決めた京香と交流するうち、沖晴は感情をとりもどし、その特殊な能力を一つずつ失っていった。だがそれは、9年ぶりに見つけられた家族同然に大事な人を、沖晴が再び失っていく過程でもあった。続編となる『沖晴くんは死神と笑う』(同)は、そんな彼が京香との思い出を抱えながら生きる、その後の人生を描いた物語である。
社会人になった沖晴のなかには、今もまだ京香がいる。京香のおかげで大事な感情をとりもどし、自分だけが生きながらえて、家族以外の誰かと生きていくことができる、この世界を肯定できるようになった。けれど沖晴にとって京香の死はいまだに「過去」ではなく、あるとき、彼女が自分を呼ぶ声を聴いてしまう。そんな折、沖晴は東北支社に転勤を命じられる。そこで出会ったのが、自分と同じように津波から生還し、そしてかわりに感情を――沖晴と違って「喜」だけを失ったまま生きている万智という女性だった。
建築会社につとめる沖晴が、転勤先で関わるのは駅前の再開発だ。地元住民からは反対の声もあがるなか、この土地の未来をみんなと一緒に考えていきたい、と沖晴の先輩は言う。ただ今あるものを潰して、便利に塗り替えたいわけではないのだと。でも、消えた景色は戻らない。目の前にないもののことは、記憶から薄れ、いつか忘れる。それは、生きることにも似ていると、本書を読んで思う。
忘れずにい続けるためには、罪悪感を抱え続けるしかない。支払った代償の痛みを、感じ続けるしかない。そんなのは、あまりに悲しい。でも罪悪感や痛みから解放されて、大事だった人のことを、その人と共有した景色を、忘れてしまうことのほうが怖い。だったら、不自由なままでいいと、思ってしまう気持ちはよくわかる。
でも、だからこそ、幸せになってほしいと願ってしまう。忘れなくていい、抱えたままでいい、死神はいつまでもその影のようについてくるけど、それでも心から笑える未来にたどりついてほしい。そう、万智に願ったとき、沖晴はようやく自分の人生を歩き出す。誰かに心からの幸せを願われたことのある沖晴だから、万智に祝福を手渡すことができる。そんなふうに人は誰かに出会うことで救われていく。そのような希望に、本書は満ちている。
文=立花もも
