大食いアイドルはまるでアスリート? 食と人生を鮮やかに掛け合わせた、行成薫の連作集『しょっぱい、すっぱい、あまい、にがい。』【書評】
PR 公開日:2026/9/18

人間にも、味がある。
しょっぱい人。酸っぱい人。苦い人。甘い人。ひと口ではちょっと強すぎても、別の味と合わさったり、時間をかけたりすることで、思いがけない旨味が生まれることもある。
行成薫氏の『しょっぱい、すっぱい、あまい、にがい。』(集英社文庫)は、『本日のメニューは。』(同)から続く“食シリーズ”の最新作。食べることを通して、人と人との出会いや人生の転機を綴る連作集だ。今回は「味」そのものが人間を読み解くキーワードとなっている。
中心にあるのは、深夜営業の立ち食い蕎麦店「終夜(よもすがら)」。二代目店主・最上早生は、醤油のきいた「カエシ」を味見しながら、先代から言われた言葉を思い出す。作りたては尖っていても、寝かせれば主張を残したままカドが取れ、旨味が増す。先代はそれを人間になぞらえて、「おめぇも、こういう人間になんな」。そんな「終夜」の大晦日の一日を挟みながら、四つの物語が進んでいく。
第一話「大根役者はかく語りき」では、一流のものを食べれば一流の人間になれると信じる大御所俳優が、自らの原点である母の沢庵と向き合う。
第二話「梅は酸いとて」の主人公は、酸っぱいツッコミが武器の芸人・梅沢。相方の中竹は、空気を読まず前に出てはスベる、いわば“しょっぱい”芸人だ。コンビを解消し、ピン芸人として上京するものの、東京で梅沢の笑いはなかなか理解されない。アルバイトとして雇ってくれた居酒屋の店長から、料理もお笑いも「誰のためにあるのか」と問われ、梅沢は初めて笑わせたい相手の存在に目を向ける……。
とりわけユニークなのは第三話「スウィート・メモリーズ」だ。ご当地アイドル・甘衣あんずは、人並み外れた大食いであることを隠していた。しかしそれを活かして「大食いタレント」へ成長していくというもの。ここで描かれる食事は、団欒でもしあわせでもなく「競技」である。胃容量を増やし、料理ごとの攻略法を考え、身体を鍛える。あんずはじめライバルたちの食への姿勢は、さながらアスリートのよう。食事をスポーツのように捉える視点が新鮮で、この一篇だけでも長編で読みたくなる。
塩味、酸味、甘味ときて、トリとなる第四話「トゥ・ザ・ビター・エンド」で取り上げられるのは苦味だ。
バラエティ番組で人気を得ながらも自分の居場所に迷うアナウンサーが、老舗喫茶の苦いカラメルプリンを味わいながら自らの人生に答えを出していく。甘さだけではどこか物足りない。苦さが含まれているからこそ、味も人生も豊かに形づくられる。
さらに楽しいのは、過去作とのゆるやかなつながりだ。『本日のメニューは。』に登場したマンプク食堂が再び姿を見せ、『おいしい季節がやってくる。』(“食シリーズ”3作目)に出てくるテレビ番組プロデューサー・山本の手がける番組「本日のメニューは。」が、四篇をつないでいく。
過去作を知らなくても楽しめる。でも知っていれば「あの人が、あの店が、まだこの世界で生きている」と嬉しくなる。
しょっぱさも、酸っぱさも、苦さも、甘さも、なくす必要はない。それぞれの味を抱えた人たちが、誰かと出会い、混ざりあうことで、少しずつ自分の味を知っていく。そんな“人間の味”をじっくりと味わいたくなる一冊だ。
文=皆川ちか
