友達とも恋人とも名づけられない、呼び方の分からない人間関係――“7通りの切ない人間模様”を描く はあちゅう初の小説集!『通りすがりのあなた』

文芸・カルチャー

2017/9/26

『通りすがりのあなた』(はあちゅう/講談社)

 自分を孤独から救ってくれるのが、必ずしも恋人や友達とは限らない。名前もつけられないような「曖昧な関係性」が、自分を絶望の淵から引き上げてくれたり、長い人生のなかでの心の拠り所になったりする。
 そんな「曖昧な関係性」が持つ不思議な力を描いた物語を、優しく軽やかな筆致で書き上げたのが、『通りすがりのあなた』(はあちゅう/講談社)だ。

 本作はTwitterフォロワー数15万人を誇り、さまざまな媒体で連載を抱える、ブロガー兼作家のはあちゅうさんが、初めて上梓した文芸短編集である。

 昨今、いわゆるヒットコンテンツは「ささる」という評価をされることが多い。これはつまり「心にささる」ということなのだが、『通りすがりのあなた』は「ささる」というよりは「なぞる」と言ったほうがしっくりくる気がする。

 読んでいると、一つひとつの言葉が心をなぞっていって、だから自分の心の輪郭がはっきりしてくるような、そんな感覚をもたらしてくれる作品だった。

■「曖昧な関係性」を描いた7つの物語

 本作は、7つの物語からなる短編集で、主人公は全員10代から20代の女子。またすべての物語に「旅」が関連している。
 ここでは、なかでもとくに筆者の心をなぞっていった物語を3つ取り上げて紹介したい。

「世界が終わる前に」は、自分のことを“陰キャラ”だと思っている女子大生と、留学先の香港で出会った魅力的な男の子との儚い夢のような思い出の話。

 自分に自信がない主人公が、人気者の彼に対して抱く憧れとも嫉妬とも思える複雑な感情の描写は、自分にも身に覚えがあるものだった。だからだろうか、とても印象に残っている。
 物語は決してハッピーエンドというわけではない(とらえようによってはとても残酷だ)が、不思議と爽やかな読後感があった。この感覚はぜひ実際に手にとって味わってほしい。

「妖精がいた夜」では、3年付き合っていた彼氏にふられ、自殺を考えるものの、そんな気力すらわかない主人公が、立ち直るために「妖精」派遣サービスを利用する。

 初めて会った「妖精」に、彼女は自分でも気付いていなかったような思いを吐露するのだが「関係性が結ばれていない相手だからこそ、救いになってくれることがある」と改めて感じられた。
 もしかしたら、自分がどん底まで落ち込んだとき、救いになってくれるのはまったく縁のない他人なのかもしれない。

「サンディエゴの38度線」は、日本で出会って恋に落ちたアメリカ人留学生が住むサンディエゴのマンションで過ごした夏休みの記録。その部屋にはルームメイトが一緒に住んでいるのだが、いつもピリっとした雰囲気をまとっている魅力的な人物なのだ。

 彼はアメリカ系韓国人で、「鋭い一重と、しっかり通った鼻筋」、そして「独特の色気」を持ち、不健康でアウトローな生活を送る、多くの女子が本能的に惹かれてしまうタイプだ。
 筆者は、俳優の金城武さんのような人物を想像しながら読んでいたが、主人公を自分に、ルームメイトを好きなアジア系の男性に置き換えて読むことをおすすめしたい。いわゆる「恋愛モノ」ではないにもかかわらず、胸がきゅんとする感覚を味わうことができるはずだ。

 ほかの4つの作品も、それぞれ違った魅力を持つし、読む人によって印象は変わってくるだろう。ぜひ実際に手にとって、お気に入りの1篇を見つけてほしい。

■人生のどこかでふっと思い出す「じわじわ効いてくる」作品

 あとがきで著者は「単行本では作者からのメッセージはつけないことの方が多いと教えていただきましたが(中略)ちょっとだけ出しゃばらせてください」と前置きしながら、「小説と旅には『じわじわ効いてくる』という共通点があるように思います」「人生のどこかでまた思い出して頂けると嬉しいです」と語っている。

『通りすがりのあなた』の物語たちは、まさに「じわじわ効いてくる」のだと思う。人生のふとした瞬間に物語の一節や登場人物たちのことが、心に浮かんでくるような気がする。

文=近藤世菜