厳格な旧アートを打破した画家が辿った数奇な運命。あの名画はどうやって生まれた?

文芸・カルチャー

2019/12/8

『語れるようになる 西洋絵画のみかた』(岡部昌幸:監修/成美堂出版)

 絵画を楽しむうえで、難しい知識は必須ではない。予備知識がなくても、絵画を鑑賞するときに心を打たれたり、凄味を感じたり、その作品に魅了されたり…そんな経験は誰にでもあるだろう。
 
 そうはいうものの、その絵が描かれた背景や作者についてのエピソードなどを知っているかどうかで、その絵から受ける印象が変わることも事実だ。たとえば、オランダ生まれの有名画家、フィンセント・ファン・ゴッホは、日本の浮世絵の影響を受けて、大胆な色彩の作風を確立したといわれている。それを知っていると、ゴッホの絵画を鑑賞する際に、色の使い方にも意識が向くようになるはずだ。
 
 こういった、西洋絵画に対峙するときにきっと役に立つ「鑑賞ポイント」をわかりやすく教えてくれるのが、『語れるようになる 西洋絵画のみかた』(岡部昌幸:監修/成美堂出版)。ルネサンスやバロック、写実主義といった美術様式がそれぞれどんな時代に生まれたものだったのか、あるいは、様式ごとにどんな画家がどんな作品を生み出してきたのかなどを、平易に解説してくれる。
 
 ある名画のテーマや描かれているモチーフが隠し持っている意味、また作者の作風やその変遷を知ると、ただ「なんとなく好き」だった絵画も、「こういうポイントが好きだ」ときちんと説明できるようになるだろう。

 本書のイメージをお伝えするため、盛期ルネサンスの時代とその時代の巨匠のひとり、サンドロ・ボッティチェリのページを紹介しよう。


 三大巨匠と呼ばれるレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロが活躍したのが、15世紀のイタリアで開花した盛期ルネサンスの時代。13~14世紀の初期ルネサンスの時代までは、厳格で形式的なキリスト教芸術「宗教画」が主流だった。しかし1454年に北イタリアでローディの和が結ばれたことをきっかけに、盛期ルネサンスの時代が到来した。キリスト教の枠にとらわれない、神話の場面を題材にした「神話画」も描かれるようになった。


 宗教画の枠を取り払い、盛期ルネサンスの幕開けを告げたといわれる作品が、サンドロ・ボッティチェリ作の神話画「ヴィーナスの誕生」である。特筆すべきなのは、それまでキリスト教が禁じていた異教の神々を描いて一世を風靡したこと。この絵でボッティチェリが新境地を開拓したことによって、この時代以降実にバラエティ豊かな絵画が生み出されるようになったといっても過言ではないのだ。


 自由な美を追求し、ルネサンスの開花を告げたボッティチェリ。彼は最初期は金融業で財を成したメディチ家のバックアップを受けつつ、肖像画などで名声を得た。その後、神話を主題にした優美な作風を確立したのが1482年頃のこと。

 ところが1494年、庇護を受けていたメディチ家は没落し、ボッティチェリはアーティスト生活を支える最大のパトロンを失ってしまう。メディチ家に代わってフィレンツェの実権を握った修道士・サヴォナローラに傾倒したボッティチェリは、サヴォナローラの思想に影響を受け、今度はなんと宗教画一辺倒の作風に。それまでの宗教画の枠を破ったとされる先駆者が、最終的に厳格な宗教画に辿り着くとは、あまりにも不思議な話だ…。

 本書は、お気に入りの画家や絵画に出会うためのガイドブックともいえる。読了後に美術館へ足を運んでみるのはもちろんのこと、興味をもった絵画についてもっと専門的な本を読んで深掘りしてみるのもまた一興だ。

文=上原純