「ちょっと憂鬱」「なんか虚しい」誰もが抱く暗闇を打ち明けてみると…。韓国発ベストセラー

文芸・カルチャー

2020/4/5

『死にたいけどトッポッキは食べたい』(ペク・セヒ:著、山口ミル:訳/光文社)

 近ごろ韓国発の文学に注目が集まっている。その中でも際立って存在感を放っているのが、『死にたいけどトッポッキは食べたい』(ペク・セヒ:著、山口ミル:訳/光文社)だ。初めて本を目にしたとき、ユニークなタイトルに驚かされた。死への想いと同時にトッポッキ(トッポギ)を求めるちょっと前向きな思考。生と死が混ざり合っているかのような書籍名が記憶にこびりついた。
 
 自費出版からスタートして40万部を超える韓国のベストセラーになったという本書は、気分変調症と不安障害を抱える著者のペクさんが精神科医とのカウンセリングを通し、自分自身と向き合った12週間を記録したエッセイだ。
 
 こうした内容を目にすると、「自分には関係なさそう」と思う人もいるかもしれない。でも、ここに記されているのは、生きていく中で誰もがぶち当たる悩み。私たちはペクさんの生きづらさの記録を通じて、自分の愛し方を学ぶことができるのだ。

“頑張ってきた自分”をもっと褒めてあげよう

「もっといい仕事がしたい」
「あの人みたいにデキる人間になれたら」
 私たちは、自分に対してさまざまな不満を抱き、思い悩む。たとえば、憧れの職業にやっと就くことができて夢を手に入れたのに、それが日常的なものになってしまうと、もっと高いところと自分を比べて“理想通りになれない自分”を責めてしまう…。けれど、今の自分は本当に責めなければいけないほど「ダメな人間」なのだろうか?

“35歳の私が、28歳の(今の)自分を見たらどうだろう? 28歳の私が20歳の私を見たらどうだろう? 過去の自分に会ったなら、そんなに頑張らなくてもいいよと言ってあげたい。”※カッコ内は筆者補足

 私たちは今を精一杯生きているから、現在の私に対してはとてもシビア。努力が足りないのではと自分を叱咤してしまう。けれど、少し想像を膨らませて、若かったあの頃から「今の自分」を眺めれば、きっとここに至るまで“頑張ってきた自分”にも気づくことができるはず。今の自分のことが愛おしくなるのではないだろうか。一生懸命生きてきた自分を責める必要はないのだ。

 いつも未来や過去を思い浮かべて不安や後悔で自分を苦しめてしまう…という人は、ぜひこうやって考えてみよう。そこにはうれしくなるような発見がきっとあるはずだ。

他人の評価ばかり気にし過ぎて不安になったら…

 自己肯定感が低いと、「他人の評価」というフィルターを通して自分の価値を測ってしまいやすい。けれど、そうして得た満足感が長く続くことは少ないように思う。なぜなら、心の底では自分自身に対してこれっぽっちも満足しておらず、他人の評価を気にして怯えてしまうからだ。

“私が好きな人が私を好きじゃなくても絶望、誰かが私を深く愛してくれても絶望。あれもこれも、全て他人の目を通して自分を見ているからだ。結局、私が私自身の価値を下げているのだ。”

 他人の評価という条件付きの、いわば“偽物”の自己肯定感のせいで、私たちはいったいこれまでどれほど自分を傷つけてきただろう。

 人は不完全だからこそ、完璧に憧れる。でも、表面では元気に見せていても内側に抱えた闇に苦しんでいる人は、きっと多いはず。絶望とまではいかなくても、なんとなく歩き続けるのがしんどいという日は誰にでもある。そんなときには自分の愛し方さえも分からなくなる…。本書は誰にでも訪れるそんな憂鬱にやさしく寄り添ってくれる1冊。著者のペクさんが悩み苦しんだ末に見いだした光は、読者みんなの希望になるのだ。

“巨大な暗闇の中を歩いて、どんどん歩いて、偶然に発見した一条の陽の光に、ずっととどまっていられる人になりたいと思う。いつの日か。”

 私たちは自分の闇を誰かと共有することで、もっとやさしく、そして強くたくましくなれるのかもしれない。

文=古川諭香

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