SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」／第8回「イッツノットマイフェイバリット」

　私なんかは一杯目にビール、その後は延々と焼酎を飲んでいるような人間であるからして、それに見合うような感想も言えなければ、最適な返答もわからない。しかし、初対面の人間に対してあべこべの所感で試すような人間はそうは居まい。私は「そうだね」とガチャガチャの笑顔で頷いてみた。

他のお酒にはめっぽう疎い。そしてワインに至っては、自分と最も遠い距離に位置するアルコールだと、勝手に思い込んでいた。そもそもこのスタートが良くなかったと思う。その場では発見出来なかった気持ちだが、きっとどこか卑屈であったのだろう。自分なんかがワインを、と思うと同時に、ワインを嗜める人は崇高でかっこいい人間だ、とひっそり妬んでいたのだ。

　一つずつゆっくり出される食事は非常に美味しく、甚（いた）く貴重な体験だと思ったのだが、この次に親子丼とか出てこないかなアと思ってしまう自分もいた。しかし、「エレガントですね」という先程の言葉の手前、そんなことを冗談でも口には出すことは難しかった。私は我慢して、目の前のゼラチン質の小さなブロックを、更に小さくカットしておちょぼ口で食べた。

「次のワイン、どうしようか」

　会合の主催である最年長の男性が言った。すると私の隣の女の子が恭しく口を開いた。

「私、華やかなのがいい」

　それを聞いて頷いた男性は、出されたメニューを指さしながらソムリエであろう人と何やら楽しそうに話しを始めた。

　なぜ直接的な表現をしてくれないのだろう。もう少し甘いのとか、もっと渋いのとか。

　おかげで私は考えることに必死だった。今しがた飲んでたやつがエレガントだとすると、このあと出てくる華やかなやつというのはどんな味がするのだろうか。感想を求められたら果たしてどんなトーンでなんと申し上げたら良いのか。そして、形式上だけであったとしても次は私も、色を確かめるためにグラスを目線の高さまで持ち上げた方がいいのだろうか。

　考えているうちにワインが到着、新しいグラスに華やかな味がするであろうワインが注がれた。

　色を確かめる度胸がどうしてもなかった私は、小さく頷きながら意味ありげにグラスを眺めてみた。酷く、恥ずかしい時間だった。

　私の隣の女の子の様子を窺うと見たり嗅いだりを終えて、ようやく口に含むところだった。

　この子はこの後、なんて言うんだろう。

　私の興味はそこにあった。目の前のワインがどんな味であるのか、そんなことよりも彼女の感想の方が気になる。彼女はゆっくり喉を動かして嚥下（えんげ）した。

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