【借金返済のためにプロを目指す、二刀流で活躍…】「あぶさん」のモデルとなった酒豪プロ野球選手のエピソード

スポーツ

更新日:2016/3/14

 2014年、プロ野球マンガの金字塔『あぶさん』(水島新司)の連載が終了した。1973年の連載開始から、実に41年目の大団円だった。

 主人公「あぶさん」こと景浦安武は南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)の代打の切り札で酒豪という設定。試合終盤、一振りで勝負を決める男として恐れられ、代打屋ながら本塁打王を獲得したこともある。代打を告げられると、ブシュッとバットに酒しぶきを拭きかけ、打席に向かうというお決まりのシーンにしびれる読者も多かった。

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 ちなみに景浦は高校時代、二日酔いのまま甲子園をかけた地方大会決勝に代打出場、サヨナラ本塁打を放つも、ベース1周中に酒を戻してしまい、甲子園をフイにしたという筋金入りの飲んべえ。プロ入り後もたびたび二日酔いで球場に現れた。それでも、打席に立ってバットを構えると、手の震えはとまり、眼差しは一流打者のそれになる。

 なんともマンガ的なプロ野球選手の「あぶさん」だが、実はモデルとなった実在のプロ野球選手がいることをご存じだろうか? 選手の名は永渕洋三。昭和40年代から50年代にかけ、近鉄、日本ハムで活躍、「酒豪の強打者」と呼ばれ、首位打者も獲得した選手である。『「あぶさん」になった男 酒豪の強打者・永渕洋三伝』(澤宮優/KADOKAWA 角川書店)は、そんな永渕を描いたスポーツ・ノンフィクション。少年時代から引退まで、様々なエピソードが収められている。

 永渕も「あぶさん」に負けず劣らず(?)とにかく酒豪で、プロを目指した理由のひとつが「酒でつくった借金を契約金でなら返せそうだから」というから震っている。めでたくプロ入りを果たし、借金を返した永渕。実は彼、身長が小さいということもあり、プロ入りはギリギリのライン。戦力としては疑いの目もあった。が、永渕が入団した近鉄は、当時のお荷物弱小球団。「三原マジック」という名采配で知られた三原脩が新監督に。それがついていた。

 永渕はプロ入り前は左腕投手兼外野手として活躍していた。プロでは打者で、と考えていたが、左腕不足のチーム事情の中、三原に永渕を貴重な変則左腕として評価する。永渕はオープン戦で打者、投手、右翼手を務めるなど、最近でいえば“二刀流”の大活躍。度胸のよさ、勝負師の力が生きた打撃も評価され、ルーキーながら一軍に定着する。ただ、当の永渕はマイペースで、プロになったからといって酒をやめるわけでもなく、二日酔いのまま球場に現れることは珍しくはなかった……果たして型破りルーキーの行く末やいかに?

 現代のプロ野球選手は野武士がいなくなったといわれる。酩酊、二日酔いで球場に現れるなんて、今の時代、批判の対象になってしまうこともあるだろう。だからこそ、こんな型破りな選手が懐かしい。昭和の野球界は「あぶさん」のようなマンガの主人公のような選手がまだまだいた時代。若い野球ファンには驚きをもって楽しんでほしい。

文=田沢健一郎