コマ割りのテクニックに圧倒! 幻想コミック短篇集『HEAVEN’S DOOR』に注目
更新日:2016/1/8
HEAVEN'S DOOR
ハード : | 発売元 : KADOKAWA エンターブレイン |
ジャンル: | 購入元:KindleStore |
著者名:小池 桂一 | 価格:※ストアでご確認ください |
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『おそ松くん』や『伊賀の影丸』でコミック熱が立ち消えになった私でも、『金田一少年の事件簿』24巻は読破している。『バガボンド』37巻もやすやす平らげた。『カムイ伝』『カムイ外伝』、ついでに『忍者武芸帳』総数38巻ときたら、ホップ・ステップ・ジャンプでまたたく間に走り抜けたんである。
問題は『ガラスの仮面』だ。これが読めない。第6巻までやっとこぎ着けて、いまだ渋滞中である。もと演劇雑誌編集長としては後ろめたい気がしないではない。なぜ苦しい読書を強いられているかといえば、『ガラスの仮面』は絵が動かないのである。いくら目に星が潤んでも、北島マヤの顔は誌面にペタリと張りついている。ちっとも躍動感がない。芝居をモチーフにした作品で、ナマの人間が動作するのが身上なのに、絵が動かないのは退屈なのだ。アニメじゃないんだから動くわけない、と思うあなたには、本書を読んでいただきたい。
『HEAVEN’S DOOR』は小池桂一の短編集。「KNOCKIN’ON HEAVEN’S DOOR」「母をたずねて三千里」「ラザロ・フランコの午前4時」「浪人と海」「ルーパ」「ケンボー日記」「スポンジ・ジェネレイション」「空路」「HORIZON」、アメリカで発表された「LANDED」の10作が収められている。
驚くべきなのは、ある場面の一瞬を閉じ込めた1コマ1コマが生き生きと躍っているのだ。人が倒れる、追ってくるバイクから逃げる、宙を漂う、このスピード感と臨場感はどうしたことだろう。読み手はほとんど戸惑わざるをえない。戸惑いながら一気読みだ。
このスピードとリアリティはコマ割りのたしかさからも来る。映画におけるモンタージュの手法を駆使して、ひとつのコマの残像を次のコマにつなげる奇跡のようなテクニックが振るわれている。おそらく、本書の作品をアニメ化してもこれほどの躍動は表現できまい。見事である。
精緻きわまりない、細部への書き込みも忘れてはならないだろう。こんなのよく描いたね、指つらなかった? と、人ごとながら心配になるくらい細かい絵柄でページが埋められて、4Kで観る、ブルーレイみたいだ。
まだある。著者が好んで描く幻覚や幻想の物語の描写が、ちょうど読者自身をトリップさせるごとく幻惑的なのである。たとえば「ラザロ・フランコの午前4時」では、LSDと似たような幻視の中に主人公が巻き込まれ、読者はまるで自分がその幻視を体験しているようなめまいに襲われる。「アシッド・コミック」と呼ばれる由縁だ。「スポンジ・ジェネレイション」や「空路」では、夢と現実が混交して、何が本当だか分からなくなる感覚を味わうだろう。
そうしてなによりも重要なのは、こうした感性がうわべだけのSFタッチや幻想譚でなく、著者の生活のうちにまで入りこんだ深さのある点だ。著者が観る世界はこうなっているのである、きっと。76年に初の作品『ウラシマ』を発表してから現在までに、たった4冊しか単行本のない作者は、どうやって暮らしているのだろうか。作品を描いていないとき、宅配のドライバーをやっているとも、廃人をやっていると聞かされても私は頷く。
幻覚や夢、悟り、瞑想による至高体験などトランスパーソナル心理学的な題材など、意識の超越状態をテーマにした作品が多いため、著作は「サイケデリック・コミック」「アシッド・コミック」等と評されることが多い。また、その画風はバンド・デシネの巨匠、メビウスを彷彿とさせる雰囲気があり、高度な作画技術と、繊細かつ緻密な描き込みが特徴的なのである。
細部への書き込みが尋常でない
人物が動いている
リアルなトリップ感覚
幻想譚の魅力も充満