名曲『ハナミズキ』との共通点も? 一青窈が翻訳を手がけた絵本『さようならの練習』でこだわった“語りすぎない”魅力【イベントレポート】

文芸・カルチャー

公開日:2026/3/21

「ばびゅん」一青窈らしさが光る心地よい翻訳

「語りすぎない」作品であるとはいえ、もちろん、一青さんならではの表現はこの本の中でも随所に登場する。たとえば、一青さんが特に気に入っているのは、ビビが夢の中を走っている場面。

 『ハナミズキ』との共通点も? 一青窈が翻訳を手がけた絵本『さようならの練習』でこだわった“語りすぎない”魅力【イベントレポート】

「現実と想像の中を駆け抜けている感じが、やっぱりこの絵本ならではかなと思って、ここすごく好きです。ここで私はグッときちゃいました」

 そんなビビが駆ける場面を、一青さんは「ばびゅん」という独自の擬態語で表現した。編集を担当したポプラ社の辻敦さんは、一青さんらしい表現が生まれた瞬間に、うれしさを感じたという。

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「『ばびゅん』もそうだし、どの言葉も本当にリズムがよい。一青さんが声に出しながら翻訳をしていってくださった感じがあるんですよね」と辻さん。

 一青さんは「いかにミニマムに、でもちゃんと伝わるようにというのを意識しました。でも、そのまま訳しちゃうと、ちょっと伝わらないかもしれないみたいなところもある。そこを何度も打ち合わせましたね」と翻訳の日々を振り返った。

クライマックスで変わる、世界の色

 イベントでは、物語のクライマックスについても話が及んだ。物語の終盤、ビビは〈私〉に二度目の「さようなら」をする。ビビとの永遠の別れ——だが、黒を基調とした彼女の世界には、別れの後から少しずつ鮮やかな色彩が差し込んでいく。編集を担当した辻さんと一青さんが、打ち合わせのなかで何度も話題にしていたのも、この場面だったという。

「シンプルなのにとても美しくて、ミニマルアートのようでした。ここで急にカラフルになることで、心が鮮やかに、豊かになっていくのが伝わってきました」と一青さん。

 『ハナミズキ』との共通点も? 一青窈が翻訳を手がけた絵本『さようならの練習』でこだわった“語りすぎない”魅力【イベントレポート】

 また、この場面では、言葉の表現にも変化があるのだそうだ。

「急に、中国語の表現が客観的になるんですよね。神様目線になるというか。『ハナミズキ』の歌詞を書いた時の感覚と、少し似ている感じがしました。僕であり、君であり、常に一人称が変わっていく。その変化がこの本でも起こっていて、おもしろいなと思いました」

 林さんによれば、この最後の場面では、ビビの飼い主が、ビビとの別れをきちんと受け止めていく姿を描いたのだという。ビビはすでにこの世界にはいない。それでも、〈私〉が別れを受け止め、少しずつ未来へ向かっていく心の変化が、色の移ろいとして表現されているのだ。

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「この女性はもう『さよなら』を受け入れて、未来に向けて歩き出しているということ、過去の思い出も一緒に歩いているということを表現したかったんです」と林さん。最後のページでは、ページの下端に緑がわずかににじむように差し込んでいるが、これは、古くなったフィルム写真のような質感を意識したものであり、思い出そのものの象徴でもあるという。

「人生はさよならの連続だと思っている」。そう語る一青さんは、イベントの最後、本書への思いをこんな言葉で語った。

「言葉にするってすごいエネルギーを使うことだと思うんです。『ありがとう』も、『大好き』も、『さようなら』も、本当に言わなきゃいけない言葉って、なかなか伝えられない。でも、『うまく言えないな』って思っている人が、これを手に取ることで、勇気を出せる一冊になってほしいなって、そう思います」

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 別れは、いつだって突然やってくる。それを受け入れることに、胸が引き裂かれるようなつらさを感じる人も多いだろう。けれども、姿が見えなくなっても、思い出まで失われるわけではない。『さようならの練習』は、そのことを静かに思い出させてくれる一冊。この日のイベントもまた、そんな本のやさしさを、あらためて感じさせる時間となった。

取材・文=アサトーミナミ 撮影=島本絵梨佳

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