櫛木理宇の最新作! 警官3きょうだいがスローライフを楽しみつつ、猟奇事件を解決する――怖いのに空腹感が刺激される異色のミステリー【書評】
PR 公開日:2026/4/7

さわやかな五月晴れの下、湖に女性の首なし遺体が浮かび上がる。ぎざぎざの切断面も痛ましく、美しくのどかな情景との対比もすさまじい。それは、のどかな田舎町をざわつかせる様々な事件の幕開けだった――。
人の心の不可解さを描いたら唯一無二の作家、櫛木理宇。『死刑にいたる病』(ハヤカワ文庫)では加害者の底知れなさを、『鵜頭川村事件』(文春文庫)では共同体に潜む狂気を描き、「ホーンテッド・キャンパス」(角川ホラー文庫)シリーズでは怪異と青春のあわいを軽やかに綴ってきた。振れ幅の広い作風の根底にあるのは、「人はどこで歪み、どこで踏み外すのか」という冷静な視線。最新作『首なし晩餐 スローライフ警視の事件簿(文春文庫)』(文藝春秋)には、その持ち味がこれまでになく親しみやすい形で表れている。
主人公は、新崗県水和署に赴任してきた28歳の警視・佐桐眸巳。東大から警察庁に入ったぴかぴかのキャリア組だけど、眸巳自身は地方署長としての自分が、いわば“殿様修行”の立場に置かれていることを自覚している。彼を支えるのが、腹違いの姉と血のつながらない兄だ。姉の那青は県警本部捜査一課の強行犯係、兄の清臣は科捜研勤務。
3きょうだいは週末になると山菜採りに出かけ、天ぷらを揚げて、炊き込みご飯を囲む。料理上手な清臣が手際よく作る品々はなんとも美味しそうで、タイトル通り「スローライフ」の楽しさがいっぱい。だがこれは、あの櫛木理宇ワールドだ。のどかな食卓だけですむはずがない。
陰惨な事件の数々
首なし遺体発見からほどなくして、殺人事件が発生する(第一話「電子レンジ日和」)。この地区の繁華街で心理カウンセラーが刺殺されたのだ。捜査線上には、被害者のクライアントでストーカーの前科を持つ人物が浮かんでくる。おっとりとした性格ながら、常人離れした記憶力と明晰な頭脳を駆使し、眸巳は事件解決に挑む。
続く第二話「ベランダ酒に春霞」では、ベランダから娘が突き落とされたある家族の事件に、下着泥棒の捜査が絡んでくる。眸巳の仮説によって、被害者が40代女性に偏っていることが明らかに。さらにそこからの意外な犯人像には、背すじがぞくりとさせられる。
第三話「夜の罪はなにいろ」は、署長室にかかってくる物騒な電話から幕が上がり、ある会社員が夜道で襲われる事件へと展開。捜査の過程で見えてくるのは、被害者による壮絶なパワーハラスメントだった。やがてこの事件は、冒頭の首なし遺体と意外な線でつながってゆく。
締めくくりとなる第四話「湖水に針が落ちる」では、第二の首なし遺体が発見される。同一人物の犯行か、あるいは模倣犯か――。
次々に起こる事件の陰惨さと、その合間に眸巳たちが繰り広げる食事シーンの幸福感との、ギャップがすごい。特に、眸巳と清臣が肩の力を抜いて味わう“ぐだぐだなキャンプ飯(スパムのせ即席ラーメン、締めは残り汁を使ったリゾット)”が印象的だ。
猟奇、偏執、不条理、家族、そして食卓。こんなにも異なる要素が違和感なく溶け込んでいるのは、やはり書き手の力量なればこそ、だろう。恐ろしくて、なのに読んでいるうちにお腹が空いてくる――そんなふしぎな読後感が残る作品だ。
文=皆川ちか
