「化粧はマナー」の残酷な真実。27年間すっぴんの私にノーメイクの社員探しの命が…。職場の理不尽と本音を暴く『ノーメイク鑑定士』【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/4/3

ノーメイク鑑定士
ノーメイク鑑定士(石田夏穂/中央公論新社)

 化粧は社会人としての嗜みであり、するのが礼儀であると言われると、気持ちはわかるが「うるせえな」と思ってしまう。男だって髭をそると言われると「一緒にするな」とも思う。じゃあもし「取引先の偉い人から、ノーメイクの営業がいると苦情が入った」と言われたら? まさに自分こそがノーメイクであるにもかかわらず「あなたみたいなナチュラルメイクをしてほしいよね」と言われたら? それが短編集『ノーメイク鑑定士』(石田夏穂/中央公論新社)、表題作のはじまりである。

 27年間、ノーメイクを貫いてきた「私」こと中村は、上司たちに呼び出され「それとなくメイクするように言ってくれ」と頼まれる。上司たちは、中村以外の若手女性社員、原田か谷本がスッピンだと思っていて、ただ特濃ソース顔でまゆ毛がしっかりしているだけの中村がノーメイクだなんて疑いもしていない。しかも、上司のあいだでも意見が割れている。あか抜けなくて肌の状態もあまりよくない原田か、朝ドラヒロインのごとく透きとおった美しさを放つ谷本か。上司たちはそれぞれ「あの子がメイクしているわけがない」「あの子がノーメイクのわけがない」と言い張っている。

「化粧はマナー」って、なんだろう。けっきょく大事なのは、美人かどうか、だけではないか。中村の思い至った結論に、激しくうなずいてしまう。しているかどうかが大事なのではない。しているっぽく見せること、つまり、自分をきれいに見せようという意思が少なからず存在しているとわかること、そして相手が不快にならない程度の容姿を携えていることが重要なのだろうと、みんな、うすうすわかっているけど、口にはできない。その本音と、男性の言う「これくらいのナチュラルメイクがいい」「これくらいお金のかからない装いがいい」は全部手間も金もかかっている、という真実をあぶりだしていく物語にぞくぞくしてしまう。

 世の中は……特に会社では、その場所で正しいとされるルールを、空気を読みながら守り、みんなと同じであるような顔をしていなきゃいけない。なんとなく似た服を着て、マナーを守る人間たちが集まるから、昔から会社員=無個性みたいに言われがちなんだと思うけど、そうではなくて、ただ合わせようとすることができるだけなんだろうなあと、他の短編を読んでいても思う。だけど、どうしても合わせきれないその人特有の「何か」があぶりだされたとき、それは、組織の外にいる変わり者たち以上の狂気を感じて、やっぱり、ぞくっとさせられる。

 著者の石田夏穂さんはそういう「組織に溶け込んでいるズレた人」を描くのがめちゃくちゃうまい。いや、本当は、誰もがどこかに狂気的なズレを秘めていて、本人すら気づいていないだけなのかもしれない。そんな人たちが大量に集められた会社って、想像する以上におかしな場所なのかもしれないと思わされてしまう。

 自分こそは普通という顔をして、あなたも私も、あの子も、みんなちょっとずつズレている。そのおかしみを存分に堪能できる、短編集である。

文=立花もも

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