「ものがたり洋菓子店 月と私」甘いお菓子と初恋をこじらせた少年の“罪”。野村美月が描く、ほろ苦くも優しい物語【書評】
PR 公開日:2026/4/8

住宅街の片隅に、隠れ家のようにひっそりと佇む洋菓子店「月と私」。このお店には、「ストーリーテラー」という少し変わった役割を持つ男がいる。燕尾服を身にまとい、執事のようにうやうやしくお客様を迎えるストーリーテラーが紡ぐのは、お菓子の魅力を余すところなく引き出す流麗な言葉。そしてときには、訪れた人の心を解きほぐす特別な“物語”も語ってみせるのだった――。
「“文学少女”」シリーズ(KADOKAWA)で著名な野村美月氏は、子どもの頃からのスイーツ好きで知られ、Instagramを覗くと日々美味しそうなお菓子がアップされている。「ものがたり洋菓子店 月と私」シリーズ(ポプラ社)は、そんな野村氏のスイーツ愛が詰まった人気シリーズだ。
「月と私」を切り盛りするのは、腕利きだがどうしようもなく内気なパティシエの三田村糖花(みたむら・とうか)。自分に自信がない糖花と、彼女が生み出すお菓子に言葉で魔法をかけ、潰れそうだったお店を人気パティスリーの座に押し上げたのが、ストーリーテラーを名乗る語部九十九(かたりべ・つくも)だった。お店にはさまざまな悩みを抱えた人が訪れ、とびきりのスイーツとストーリーテラーの語る物語に心を解きほぐされていくのである。
第6巻『ものがたり洋菓子店 月と私 ろくばんめの幸福』は長らく両片思いでもどかしい距離感にあった2人が、ついに気持ちを通わせたところからスタートする。マンションの建て替えのため、語部は糖花の家に同居することになり、糖花の妹で高校生の麦を含めた3人暮らしが始まった。物理的な距離は近くなったものの、語部にヘッドハンティングの誘いが舞い込み、自分から離れてしまうのではないかと糖花は心配するが……。
微妙にすれ違い続ける糖花と語部のじれったい姿をはじめ、猫と一緒に暮らすためにマンションを購入した40代の独身女性や、相容れない同僚の言動にいらつく会社員など、物語にはさまざまな悩みを抱えたキャラクターが登場する。中でもとりわけ強い印象を残すのが、幼い頃から糖花に想いを寄せ、語部を敵視する高校生・令二のパートだ。
初恋をこじらせるあまり、糖花への嫌がらせを重ねて彼女の自尊心を奪ってきた少年の行動は、ヤンデレという一言で済ませるにはあまりにも罪深く、なかなか愛着を抱きにくい存在だった。そんな彼の秘められた過去や葛藤が明かされることで、これまでは見えなかった一面が浮かび上がる。夢のようなスイーツがふんだんに登場する物語は、一見甘やかだが、令二のような闇を抱えた存在も描かれることでほのかな苦みが加わり、より一層世界に奥行きが生まれている。
ページをめくるたびに甘く香ばしい匂いが立ち上るようなスイーツ描写も、本作の醍醐味の一つだ。作中にはサマーシュトレンやトロピカルパフェ、リキュールボンボンなど、魅惑的なお菓子の数々が登場する。甘いもの一辺倒ではなく、とうもろこしをキャラメリゼして塩をアクセントにしたタルトや、心地よい酸味が広がるグレープフルーツゼリーなど、バラエティに富んだ品ぞろえが心憎い。この本を開けば、あなたの日常も甘い魔法がかかったように輝き出すはず。極上の“野村美月ワールド”を召し上がれ!
文=嵯峨景子
