広島・鞆の浦で週末限定のティーサロンを。パティシエの息子が解き明かす、切なくも温かい日常の謎『ミント邸で夜の茶会を』【書評】
PR 公開日:2026/4/21

瀬戸内の港町にたたずむ洋館で、ひっそり開かれる週末限定のティーサロン。マダムとパティシエが供するのは、香り高い紅茶と極上のスイーツ、そして謎と悩みを解きほぐす名推理──。
……とここまで読んで、「あ、好きな作風かも」と思った方は、今すぐ書店に向かってもらってかまわない。斎藤千輪さんの『ミント邸で夜の茶会を』(ポプラ社)は、広島県福山市を舞台にした連作ミステリー。手づくりケーキのように優しい甘さが広がりつつも、時にピリッと隠し味の効いた人間模様を楽しめる。日常の謎とスイーツに目がない方なら、読んで損なし。期待を裏切らないどころか、さらに上回る読書体験を授けてくれる。
橘琴葉は、義理の息子・壮馬とともに、ペパーミントグリーンの洋館、通称“ミント邸”で暮らす女性。パティシエ専門学校に通う壮馬のために、キッチンを改造し、リビングルームで週末の夜にだけティーサロンを開いている。“イブニングティー”に訪れるゲストのお目当ては、琴葉が丁寧に淹れた紅茶と壮馬お手製のスイーツ。さらに、裏メニューの紅茶占いもひそかに評判を呼んでいる。
だが、この占いには裏がある。一般的な紅茶占いでは、カップに残った茶葉からシンボルを読み取るが、壮馬は持ち前の洞察力で悩みの裏に隠された真相を見抜いてしまうのだ。つまり、占っているように見せかけながら、実は相談相手との会話からさまざまなヒントを引き出し、謎を解き明かしているということ。謎めいた行動を取る恋人は、何を隠しているのか。父親は、なぜ自分に対してだけそっけない態度を取るのか。仲の良かった友達3人組の間に、なぜ亀裂が入ってしまったのか。ちょっとした言動から感情の機微に鋭く気づいて謎を解く、壮馬の鮮やかな推理が全編を通して冴えわたっている。
ティーサロンのゲストが持ち込む謎が横糸だとしたら、縦糸をなすのは橘親子にまつわる事件だ。壮馬の父であり琴葉の夫だった橘紀之は、病魔に侵され、6年前に亡くなった。彼の形見の銅板は、3人でいろいろな種類のホットケーキを焼き、絆を育んだ大事な思い出の品だった。だが、物語を読み進めると、この銅板がある人物によって持ち去られたことがわかってくる。ふたりが“あの人”と語る人物は誰なのか。いつか返してくれる日は来るのか。やがて迎える最終章で、待ち人はついにミント邸を訪ねてくる。
最後まで読み終えた時、心に残るのはあたたかな気持ちだ。この物語には、いわゆる“悪い人”は登場しない。ボタンのかけ違い、善意のすれ違いがちょっとした事件を呼び、その結果、相談者の心にさざなみを立てている。だが、根底にあるのは誰かを想う気持ち。だからこそ、全編にわたって優しいぬくもりが感じられる。
丹精込めてつくられた、手製のスイーツもあたたかみを演出している。ブラッドオレンジのクリームを添えた焼き立てふわふわのホットケーキ、クロテッドクリームを載せたバターたっぷりのスコーン、白イチジクの爽やかな甘みが広がるタルト。ページをめくるごとに甘い香りが立ち上ってくるようで、文字を追うだけで頬がきゅっとする。お気に入りのスイーツと紅茶を用意してから、読み始めることをおすすめしたい。
さらに、瀬戸内海に面した広島・鞆の浦の豊かな自然、時折こぼれる琴葉の広島弁も、ゆったりとした空気を感じさせる。甘いものを食べた時のように、日々の疲れやストレスがほどけていく、まさに“読むスイーツ”のような一冊だ。
文=野本由起
