「佐藤君が鈴木君に告白したらしい」ひとつの噂が学校じゅうに波紋を呼び起こす、ノベル大賞3年ぶりに《大賞》受賞『佐藤の告白』【書評】
PR 公開日:2026/5/21

夏休み明けの教室に、ひとつの「噂」が生まれる。それは瞬く間に学校中に広まり、少しずつかたちを変え、やがて人びとの心をあらわにしてゆく――。
その過程を、“学校という小宇宙”の残酷さと混沌(カオス)として精緻に描きだしたのが、『佐藤の告白』(藤紘/集英社オレンジ文庫)だ。ノベル大賞で3年ぶりの大賞受賞、加えて史上初の2作同時受賞となった点でも話題を呼んでいる。
物語は、登場人物のひとり、ひなのの視点からはじまる。
彼女の最近の気がかりは、ひそかに恋している別のクラスの佐藤君が、鈴木君に告白したらしいという噂だ。恋愛の噂はもともと強い拡散力を持つ。学校という閉じた世界においては、なおのこと。しかも「男子から男子へ」という一点によって、好奇心と悪意の温度は一気に上がる。笑い、からかい、無神経な軽口。それらはひとつひとつは小さくとも、積み重なることで確実に人を追い詰めていく。
ひなのは佐藤君を想っているからこそ、噂をおもしろがる周囲の空気に耐えられない。だけど下手に介入したら、自分の恋心を悟られるかもしれない。そうなったら私まで噂の当事者になってしまう……。
だからせめて、自分にできる範囲内で、できることをしようとする。黒板に書かれた二人の名前の相合傘を、人目につかないうちに消す。授業中にまわされる、佐藤君を揶揄する手紙を握りつぶす、等々。
好きな人を助けたいのに、できることはほんのわずかしかない。それが悔しく悲しく、不甲斐ない。
そんなひなののひたむきさと、恋する心のこじれっぷりがうまい具合に混ざりあい、おかしみが生まれている。まじめさと切実さに、ユーモアが添えられていて、読んでいてほっとする。
一方で、「悪意の解像度」がむちゃくちゃ高い。佐藤君を揶揄したり、嫌がらせをしたりする男子たち。露骨ないじめでこそないものの、冗談という体で放たれる言葉。処罰されないぎりぎりのところを見極めてのその振る舞い、陰湿さが教室という日常の中にリアルに息づいている。
章ごとに視点人物を変えることで、物語は広がり、深みをみせていく。教師オカジュンは、この事態を穏便にすませようとするけれど、自分が中学生だった頃を思いだし、心がゆさぶられる。佐藤君の母は、息子が同性を好きになったのは、うちが母子家庭だから? と思い悩む。そして佐藤君から“告白”された鈴木君は、この騒動を実際のところ、どう受けとめているのか……。
誰でも一度は噂を消費する側に立ったことがあるだろう。無意識に、あるいは意識的に誰かを傷つけたことも、傷つけられたこともあるはずだ。この作品は、そんな記憶を呼び覚ます。
「告白」は、ただ想いを伝える行為ではない。それが外に出た瞬間、他者の手に渡り、ねじれ、増幅され、ときに当人の手を離れてしまう。
それでも人は言葉にしてしまう。
自分のことを分かってほしいと願うから。そして、相手のことを分かりたいと願ってしまうから。その切実さごと、この物語は抱きしめる。ちょっぴり痛くておかしくて、たまらなく愛おしい余韻が胸に残る。
文=皆川ちか
