【芦沢央】人はなぜ一線を踏み越えるのか? イヤミスの名手は殺人犯の“普通の1日”を想像する。新作短編集『あなたが正しくいられたとき』インタビュー
公開日:2026/5/22

日本推理作家協会賞を受賞しドラマ化もされた『夜の道標』や、直木賞候補作『嘘と隣人』といったヒット作を手がけてきた芦沢央さん。最新作は2017~2026年に発表した単行本未収録の作品を収めた短編集『あなたが正しくいられたとき』(文藝春秋)だ。今回の単行本収録を機に読み直した過去作への思いや、“怖いもの”を描き続ける理由を、デビュー15年を迎える芦沢さんに聞いた。

正しさには危うさもある。でも正しくあろうとすることは否定したくない
――『あなたが正しくいられたとき』収録の6編には「正しさ」というテーマが共通していますが、どのように収録作を選んでいったのでしょうか。
芦沢央さん(以下、芦沢):最近は、SFや純文学とエンタメを掛け合わせたものなど、私にしては変わった作品を続けて書いていたので、そろそろ私らしい本を出したいと思って、単著未収録の短編を集めました。芦沢央らしさやミステリー度が高めの作品をまとめたので、読者の皆さんには「安心して読んでほしい」と思います(笑)。もともと「正しさ」というキーワードで集めたわけではないんですが、私が「正しさ」にいろいろなこだわりを持っているから、必然的にそうなったのかなと思いますね。
――2017年頃の作品は単行本収録にあたって技術的な点で書き直したところもあったそうですね。過去の作品を振り返り、気付きや感慨はありましたか?
芦沢:文章の冗長な部分を削ったりして、技術の水準を今に合わせるように直していきました。ただ、昔の“輪郭をハッキリ書いているところ”は残しましたね。表題作をはじめとして、テーマについてかなりわかりやすく書いているんです。最近の私はもう少しぼやっと書くんですけど、この頃は作品ごとにやりたいことがいっぱいあって、筆力がないなりに格闘して書いてるなというのが伝わってきたので(笑)。やりたかったアイデアや、当時の書き方の良さを活かせるように、多少出力の部分を整えました。
――今だったらテーマについてそこまでハッキリ書かずにもう少しぼんやりさせるだろうということですが、そういう書き方に至るまでには、芦沢さんの中にどういう変化があったのでしょうか。
芦沢:たとえば、今回の表題作の「あなたが正しくいられたとき」の主人公の窪田は、人として正しいのか、正しくないのかという問題がありますよね。窪田は、自分がヒーローになったつもりでとっていた行動が、姉からそれが相手を苦しめていたと告発されてゾッとするわけですけど、窪田は悪人なのかというと、そうではなくて。頼りになる純粋ないい人で、正しくありたい人でもある。私は、正しくあろうとすることを否定すべきではないという気持ちもあるんですよ。でも、彼の一面的な思い込みや視野の狭さはやっぱり引っかかるから、その引っかかりからこのお話を書いたんです。
でも、窪田のここは良くないよねという結論で終わりにしたくなくて、同級生が彼のいいところを言ってくれたりして、窪田の正しさのいろいろな側面を書きました。でも今、書くとしたらもう少し混沌とさせるかもしれないという気がします。その点、この作品は補助線がハッキリしているので、そういう2017年からの私の書き方の変遷も見える面白い1冊ですね。

怖いことについて考えずにいられないから小説を書いている
――芦沢さんはこれまでも小説で「正しさ」について書かれてきましたが、「正しさ」に惹かれ続ける理由は何だと思いますか?
芦沢:正しさというより、私は、怖いものを見ずにいられないんです。私の作品はよく「イヤミス」と言われますけど、イヤな話を書いてやろうと思っているわけでもないし、「人の不幸は蜜の味」という言葉もピンと来ない人間なんですね。でも、自分にとって怖いことが多くて、怖いことについて考えずにいられないから小説を書いているところがあって、その怖いもののひとつが、正しさなんですよ。
正しさの中にもいろんな怖さがあって、自分が正しいと思い込むことも怖いし、自分の信じる正しさを守れなくなることも怖いし、正しさが変わっていくことも怖い。表題作では、主人公が正しくいられた時に誰かを正しくないことにしているし、「代償」では、主人公が正しくいるために妻が代償を払っている。「投了図」はコロナ禍の話ですけど、地方に東京ものが来たら石を投げられたりする、コロナ禍の限定的な正しさを書きました。当時、みんながいろんな正しさを抱いていたけど、過ぎたら「あれはなんだったんだろう?」と思うわけですよね。正しさが短期的にも長期的にも変化してしまうことも含めて、正しさって怖いなって思うことが多いので、題材として書きがちなのかもしれません。
――どの作品も、読むと「人間って怖いな」と思うんですけど、芦沢さんは「怖いな」と思ったら、この怖さは何なのかと分析していくんですか?
芦沢:私、すっごい怖がりなんで、なんでも怖いんですよ!
――(笑)そうなんですね!
芦沢:ニュースやSNSを見ても怖いなって思うし、喧嘩をしてる人たちを見るのも怖い。自分の子どもが事件に巻き込まれたらどうしようとか、山のように怖いことがあるわけですよね。でも、たとえば家の中に虫がいたら、怖いのに、見なかったらどこに行くかわからないからずっと見てしまうのと一緒で、「なんで私はこれが怖いんだろう?」と考えている間だけは、心が落ち着くんです。それに、物語で一番最悪なシチュエーションを考えると、現実はそれよりひどくならないと思えるので(笑)。
「自分がこんなミスをしたら、誤魔化してしまってひどい目に遭いそうだな」ということを考えていると、勝手にお話が生まれてくるんです。怖いことを物語にする時、一番、私が書きたい核が入る構成を考えると、ミステリーの“ホワイダニット”(※)の構成になりがちなんですね。基本的に“ホワイダニット”って釣り合いが取れないことが多くて。Aという動機のためにBということをやってしまう人がいて、「そんな些細なことのために、こんなとんでもないことをやっちゃうの?」と思うけど、その人にとって釣り合いが取れてしまう瞬間や世界観と、私の恐怖の核との接続点が見つかった時、物語の形になるんです。
※ホワイダニット:犯人の動機の解明に焦点を当てるミステリーのジャンル
