【対談】西野亮廣×又吉直樹「自分の作品で世界が一変する可能性が残り続けている」。『プペル』『生きとるわ』『ゴミ人間』を通して語る“創作へのモチベーション”【全文公開・前編】
公開日:2026/5/29

西野亮廣さんと又吉直樹さんは芸人として活動するなかで、それぞれ絵本作家と小説家という肩書きで異なるフィールドでの創作に挑み、成功を収めるなど、異色のキャリアを歩んでいる。
西野さんは2009年に「にしのあきひろ」名義で『Dr.インクの星空キネマ』を上梓し、絵本作家としてのキャリアをスタート。3月27日には西野さんが製作総指揮・原作・脚本を務める『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』が公開され、2か月が過ぎた現在も地方劇場を中心に盛り上がりを見せている。
一方の又吉さんは2015年に初となる小説作品『火花』で芥川賞を受賞し、その後も数々の小説やエッセイを刊行。2026年1月には6年ぶりの長編小説『生きとるわ』を上梓し大ヒットを記録している。
東西は異なるが1999年にNSC(吉本総合芸能学院)に入所した同い年の同期であり、芸人から異なるキャリアを築くなど、何かと共通項が多い2人。
本稿では、Youtubeチャンネル「ピース又吉直樹【渦】公式チャンネル」で公開された『炎上する人しない人・2つの肩書きを持つ2人の悩み・クリエイターは小学生の時に決まる【キングコング西野亮廣×ピース又吉直樹 特別対談】』の模様を全文文字起こしでお届けする。
対談の前編では、創作の源泉や小学生の頃の立ち位置、2つの肩書きを持つがゆえの悩みなど、2人の「創作論」が赤裸々に語られた。
今のうちに発想を限界まで出し切ろうと思った
西野亮廣氏(以下、西野):ご無沙汰しています。いつぶりですか、先生。
又吉直樹氏(以下、又吉):最後があれちゃう。梶原(雄太)くんと3人で『ボクらの時代』に出たとき。あれが2019年かな。
西野:コロナ前だ。そこから生活は変わりました?
又吉:コロナ禍になって、執筆が一気に増えて。何となく切り替えて戻したいけど、増やしたぶんが今も続いている感じ。
西野:1週間のスケジュールはどういう感じなんですか?
又吉:最近は本を出したあとだったから、番組とかラジオとかいろいろなところにおじゃまして。でも、それ以外のときは結構、書いている時間が多い。西野くんみたいにいろいろなことを考えて戦略を立てるのが、別に得意ではないんですよ。
それでコロナ禍のときに40代に突入するタイミングだったから、若いときみたいにずっといろいろなことを思いつき続けられるのか不安になって、今のうちに発想を限界まで出し切ろうと思った。どこかで出なくなったら、そこからは自分の経験とか文章がもっとよくなっていくはずだから。
西野:要するに、発想やアイデアは40歳までに一生ぶんを出し終えようと(笑)。
又吉:そうそう。
西野:あとは、かたちにしていく技術は上がっていくだろうから。
又吉:かけ算でやっていこうと思いついたんだけど、全然(アイデアが)思いつかなくなる雰囲気がなくて。ずっと種だけまいていて。「これ何歳から収穫するんだったっけ」ってなっているから、やり方を変えようかなとは思ってる。みんな、もう少し上手く種をまいて、収穫してというサイクルでやってるから……。
ちょうど自粛期間中というのもあったし、そのチャンスだと思ってまき始めて、今もそのペースでやっているけど、もうさすがに収穫しないと(笑)。でも、人に聞いたら、ずっと考え続けていると、60歳ぐらいまでは全然考える能力が下がることはないと聞いて……俺がめちゃくちゃ間違っていた(笑)。
一つのことを別の視点から書く「語り直し」
又吉:西野くんは(アイデアが)思いつかなくなる感覚とかないでしょう?
西野:いや、僕も似たようなことはあります。20代のうちに一生ぶんのアイデアを一回思いついて、あとはかたちにしていくみたいなのを考えたけれど、早々に失敗に終わった。というのは、時代も変わってしまうから。
又吉:確かにそのときに新しいものであっても、誰かがかたちにしてやっていくからね。
西野:しかも20代の経験って、30代になるとたかが知れているというのがわかる。だから、種をまく前に、種が枯れていくという話(笑)。
又吉:種を腐らせるために、何年間かはやっていたなあ。
西野:僕は結構、種が腐った。
又吉:俺もそうかも。でも、その作業をやる中での気づきとか「ああ、なるほどな。こういうパターンもあるのか」とかはあった。割に合っていない感じはするけど。
西野:(今のところは)枯れない? 今の話だったら枯れてはないじゃない?
又吉:今のところはね。
西野:でも、毎回、書くテーマがあるでしょう? 書く順番でいうと、最初は自分の身近な実体験に基づいたものからやっていくじゃないですか。そうすると、人生で一番濃い経験を早々に(書いて)終わらせちゃうじゃないですか。
僕だったら、すごく日本中に批判されたとか。そういうのを一つネタとして使ってしまうと、もうこれは使えないじゃないですか。人生のビッグイベントって、振り返ってみたら二つあればいいぐらいだと思うんですけど、そこってもう全部さわりました?
又吉:一通り全部さわった。
西野:さわったあとは、どうなるんですか?
又吉:自分に限らず、近代文学の先輩を見ていくと、いわゆる「語り直し」という便利な言葉があって。一つのことを書いているけれど、今度は別の視点から見て書くとか。同じテーマだけど、登るところを変えていったら、それが何作か合わさって立体的に見えてくるみたいなのはある。それはもちろんやっていくとは思うけど、全然違うのもやりたくなるでしょう?
西野:確かに。でも、表現はずっと小説ですか?
又吉:小説が多分、一番(自分に)合っているような気がする。
映画やミュージカルは何百人もの人がかかわる
西野:ずっと小説を書き続けているのがすごいね。
又吉:でも、映画とか演劇とかいろいろやっていると、かかわる人がすごく多いでしょう? 小説は小説の大変さがあると思うけど、人が多いと、より複雑になるから。
西野:人間関係の部分であの人とあの人がもめているから、全然進まないとか。絵本を描いているときは、自分が全部描けるからまだめっちゃ楽で。でも、映画やミュージカルとなると何百人もの人がかかわるから大変。
又吉:もちろん、自分が想像してた以上のファインプレーをしてくれる人もいっぱいいると思うけど、何人かが調子悪いときもあるから。
西野:あるよ。何年も映画を作って、4年半とか5年とか経つと、スタッフが何百人もいたら途中で誰かが不祥事を起こすし(笑)。
又吉:そういうこともあるしね。そういうのがストレスにもなると思うけど、それも含めて面白いのかもね。
太陽の塔は“でかい”から面白い
西野:面白い。僕、本当に単純で、でかいものが好きなんですよ。太陽の塔みたいな物理的にでかいもの。結論、太陽の塔もでかいから面白いと思ったんです。太陽の塔が手に収まるくらいだったなら、美しいかもしれないけれど。
又吉:しかも、あれ最初は屋根があったんですよね。
西野:そう!屋根を突き破っているとか「それ何やの」と(笑)。
又吉:「ここで収めてください」って言われていたのを突き破っているわけだから、それは面白いよな(笑)。
西野:でかいって面白い。でかいものを作っているということは、いろいろな根回しをしているわけだから、確かな知識も必要だし、人間関係の構築もやらないとそんなもの作れない。
けれど、そこまでしてでかいものを作る人って、根本は「アホやん」と思ってしまうんです(笑)。でも、なんかそれが愛おしいんですよね。ピラミッドとかを見てても「そこまででかくなくていいはずなのに」って。
又吉:絶対に情熱がないとできないし、大変だし。小さいものが尊いものって定義してたら、みんなその日のうちに帰れたわけだから。でも、でかくないと説得力がない(笑)。
西野:でかいものを作るって、アホなのか賢いのかわからない。でかいものを作ろうと思ったら時間と人が必要だし、本当にトラブルもめちゃくちゃあると思う。けれど、それが好きなんですよね。
