「自分で自分の二次創作をしてしまいそうで怖かった」――プロットなしで紡がれた新作『ファイア・ドーム』。辻村深月がデビュー20年超で見つけた新しい挑戦【インタビュー後編】

文芸・カルチャー

公開日:2026/7/18

「書いていいのだろうか」葛藤した、被害者家族と加害者家族の対面シーン

辻村深月さん

――美冬と透真、それから忠治を軸に、視点人物がさまざまに変わっていくからこそ、生み出されたフェア性が本作にはあったなと思います。とくに美冬は、当事者に近い場所にいるけれど、当事者ではない。だけど、噂の的になる。ものすごく曖昧な立場である彼女の視点があったことは大きかったなと。

辻村 これまで何度もお話ししていることですが、私は基本的に、プロットをつくらないんですよ。それは今作も同じなので、いろんな方に「よくできている」と言われるたび、緻密に組み立てたわけではないことにがっかりされないか不安でたまらないです(笑)。

――むしろ「プロットなしでよくぞここまで」と、いっそう感動すると思います(笑)。

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辻村 決めていたのは一章の終わり、25年前に市議会議員だった忠治が、娘を誘拐されたあとの議会で不規則発言をしてしまうところまでなんですよね。そこがクライマックス、くらいの気持ちだったから、書き終えたら物語自体も終わってしまうんじゃないかと思いつつ、『ファイア・ドーム』と名付けた以上はもう一度事件で揺らされるのだろう、きっと現代でも事件が起きるのだろうと予感はしていたんです。でもそれがどんな事件なのかは、まったく想定していなくて。誘拐された紗英と同じ年頃の女性を出そう、というところから新米教師の美冬が、現代の事件を追う存在として、25年前の事件を記憶している年上の恋人である透真が、それぞれ生まれました。

 くわえて、被害者遺族という立場で、心ない噂にさらされ続ける忠治の現在も描きたかったのですが、その三人だけだと読んでいて苦しすぎるかもしれない。息継ぎに、小学生になる忠治の孫・光汰朗の友達である速斗の視点も入れようと決めたのですが、そこでもやっぱり、何が起きるかは決まっていなかった。実は当初は、美冬が誘拐される案もあったのですが、考えた末、「かつて娘を誘拐・殺害された忠治の家から、再び孫がいなくなる」という展開が一番過酷ではあるけれど、その先に絶対に何かがあると直感して書き出した、という感じでした。

――25年前の犯人は捕まり、事件は解決しているけれど、忠治のなかでずっと事件は終わっていない。その心理も丁寧に描かれていたからこそ、ラストで加害者家族と対面するシーンに、揺さぶられました。でもきっと、辻村さん自身にとってその対面は「気づけばたどりついていた場所」で決めていたわけじゃないだろうなと思ったのですが……。

辻村 そのとおりです。でも正直、その道筋が見えてなお、書いていいのだろうか、と葛藤もありました。直接会うことはきっと、忠治にとっても加害者家族にとっても怖くてたまらないことだっただろうけど、私自身も、怖かったです。その対面で、忠治が相手側にかけた言葉は、ふつうならとうてい、口にできないものだと思うんですよ。それこそ当事者ではない人間が、あれこれ想像するだけでは、決してたどりつけない感情を、忠治は私の予想をこえて吐露してくれた。孫を誘拐した犯人にかけた言葉も、最後に娘の墓前でこぼれた言葉も、私が頭で考えただけでは決して出てこないものばかりでした。許せないし忘れたくない、だけど25年前から続いている事件を終わらせたい。その一心で、彼はずっと戦い続けてきたんだということに、私自身、著者であっても、書き終えて、初めて気づきました。忠治に教えてもらうことが、今作は本当に多かった。

――忠治のパートは、これまでの辻村作品では触れてこなかったような密度と凄みがありましたし、彼に導いてもらうような言葉もたくさんありました。それこそ「断罪するだけでは意味がない」ことが身に染みている彼を介したからこそ、見える景色があったというか。

辻村 25年という長い月日が存在したことが物語にとってよかったんだろうと思います。後半、勇気という言葉が何か所か象徴的に出てくるのですが、つらいことのすべてに向き合い耐えながらも受け止めることだけが勇気ではない、ということを忠治が教えてくれた。そうした人物像を描けたのもまた、今の自分だからだと思います。

――忠治は誰よりも傷つき絶望しているのに、というか、だからこそ、美冬や透真たち、登場人物のことを導いていく存在でもありましたよね。

辻村 「誰も傷つかない記事を書いてほしい」と、忠治が透真に言いますよね。自分で書きながら「なんてセリフだろう」と思ったんです。記事に限らず、小説をはじめとする文章表現で、誰にも不快感を抱かせず傷つけずに書くことはおそらくできない。そのことは私自身、痛感しているはずなのに、忠治はそれを口にして、透真も葛藤しながら彼の思いに応えようとする。そしてその透真の姿勢が、噂がなくならないであろう世界に対する、抗いや願いのようなものにつながっていった気がします。忠治に限らず、登場人物みんなが私の意図しないところで戦い続け、大きな世界に立ち向かうため、小さな世界を守っていくことに目を向けるようになるところに着地することができたのは、本当によかったなと思っています。

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