朝井リョウ、中村文則など男性作家15名による「身体」がテーマのエッセイアンソロジー。大人の男に対する恐怖心から、同性愛を茶化してしまった――自身の体験を赤裸々に語る【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/9/24

身体を記す
『身体を記す』(文藝春秋)

 身体性にまつわる話は、多くの場合、なにかしらの傷を内包する。体そのものに付けられた傷と、心に刻まれた傷、あるいは両方。己の身体、性と向き合う時、無意識下で湧き上がる罪悪感と共に、これらの傷が疼く。

 中村文則氏、朝井リョウ氏、大田ステファニー歓人氏など、現代を代表する作家・表現者たちが、自身の“身体”にまつわる記憶を赤裸々に綴るエッセイアンソロジー『身体を記す』(文藝春秋)が、2026年9月に上梓された。本書は、『文學界』で連載されたリレーエッセイがもとになっており、2024年5月に刊行された『私の身体を生きる』に連なる一冊でもある。

 社会によって改造された自分の声、身長が高いゆえに勝手に期待される重圧、イスラエルによるガザでの虐殺を止められないのに、「その場だけの平和」に溜飲を下げる大人たち。それぞれが綴る「身体」にまつわるエピソードは、十分な重みを持って、読み手の心に刻まれる。

男性たちに迫る性被害の恐怖

 朝井リョウ氏による「オンコ」は、自身のワック(ゲイカルチャーに由来するダンス)の経験を語りつつ、一部がフィクションストーリー仕立てになっている。日頃、女性が置かれている立場に男性が置き換えられ、身体を縮こまらせて暮らす様が描かれる。「オンコ」とは、平均身長198.4センチ、平均体重101.5キロで、性的対象のオトコの下半身を丸ごと呑み込む形状の生殖器である。しかも、興奮状態のオンコに下半身を呑み込まれると、約2パーセントの男性器が何らかの後遺症に見舞われる。

 性被害の報道があるたび、SNSでは女性に対し「自衛」を呼びかける声があふれる。オンコが実存する世界の場合、それらの声を男性に当てはめるなら、「日没以降は出歩くな」という言説になるだろう。なぜ、脅かされる側が行動を制限されなくてはならないのか。これまで女性が幾度となく繰り返してきた反論を、男性は声高に叫ぶだろうか。そんな世界を想像して、ほんの少し溜飲が下がってしまう自分がいる。

 小池水音氏が綴る「私たちの喉」も忘れがたい。著者には、仲睦まじく育った姉がいた。過去形で、「いた」と記さねばならない事実が悲しい。そうなるに至った理由も、また。著者の姉は、秀でた歌の才を持っていた。若くしてデビューを果たし、活躍の場を与えられていた姉は、しかしその裏側で搾取されていた。

“私にもトンネルを出てゆく術はあった。ちがっていたのは第一には意志であり、第二に意志を持ったほうの姉が女性で、その属性からより効率的に搾取するシステムが、当時の音楽業界にはぬかりなく用意されていたことだった。”

 著者の声は、声変わりするまでの間、姉のそれとよく似ていた。実の母親が聞き間違うほど、そっくりな声質だった。思春期の声変わりを経て、著者の声は一気に変質する。しかし、かつての思い出の中には姉と同質の響きを奏でる自身の声が存在し、それは「喉」という身体性を伴い、著者の記憶に根付いている。

 中村文則氏が送る「『大人の男』への恐怖と性の罪悪感」では、著者の子ども時代のトラウマが開示される。著者は、自身と同じ男性が抱く性的なものを、過去の経験ゆえに恐れていた。だからこそ、自身の経験を「性的なことではない」と結論付け、「茶化す」ことでどうにかやり過ごしてきた。だが、同性間に存在する性的指向を茶化すことは、ゲイへの嘲笑につながる。その言動を叱責された際、著者は自身の過去を打ち明けなかった。打ち明けられなかった、のだと思う。

“その女性に軽蔑のトーンで注意された時、自分は酷く反省すると同時に、傷ついたのも確かだった。色々、あったのだと、僕の中の非常に弱い部分が、呟いているようにも感じていた。”

 無理解や当事者が傷つく“茶化し”の裏側に、別の見えない傷がある。少し考えればわかりそうなものなのに、私はこのケースをほとんど想像していなかった。自分にも同種の傷があるのに、なぜか男性も同様の傷を負っているとは考えない。己の中に潜む先入観は、こうして他者に無用なレッテルを貼る。

 本書に記された多様な記憶を、一つひとつ思い起こす。女性と男性はしばしば対極に置かれるが、共感するエピソードが多かったのが印象的であった。

“みずからの身体について書こうとするとき、そこに避けがたく他者の痕跡があることに気づく。”

 小池氏のこの一文に、私は深く共感する。自身が受けた被害、または加害性と共に、身体に記される記憶。それらは、容易には消えない。身体と心はつながっている。切り離せないこれらを携え、私たちは生きている。「傷」は、一つでも少ないほうがいい。そんな当たり前のことを、改めて噛みしめる今日この頃である。

文=碧月はる

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