「ある人との奇跡的な出会いがこの物語を形づくりました」――小説家デビューを果たした橘ケンチさんに聞く 『パーマネント・ブルー』に込めた思い

文芸・カルチャー

公開日:2023/2/15

橘ケンチ

 自身初となる小説『パーマネント・ブルー』(文藝春秋)を上梓した橘ケンチ氏にインタビューを行った。現在、EXILEそしてEXILE THE SECONDのパフォーマーとして第一線で活躍する橘氏。その一歩となった自身の青春時代を重ね、3年かけて書き上げられた本作にはどんな思いを込めたのだろうか。小説という、ダンスとは違う表現の場で見せる橘氏の新たな魅力を探った。

取材・文=立花もも 撮影=島本絵梨佳

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初めはダンスをテーマにした小説を書くつもりはなかった

パーマネント・ブルー

――そもそも、どうして小説を書こうと思ったのでしょう。

橘ケンチさん(以下、橘):2018年に北方謙三さんと対談したとき「ケンチさんも小説書きなよ」って言われたんです。自分が小説を書くなんて想像もつかなかったけど、「あなたの人生を書けばいいんだよ」と言われて、それならできるかもしれない、と思いました。ゼロから登場人物を生み出して、起承転結のある物語を考えるのはハードルが高いけど、僕の人生をふりかえって小説という形にして残す、ということならもしかしたら、と。というのもそのとき、思い浮かんだ人の姿があったんです。『パーマネント・ブルー』にも登場する、風子さんという女性なんですが。

――ダンスに人生をかける主人公・賢太が、思い悩んだときに館山の森で出会う、不思議な女性ですね。

:彼女のモデルになった方と、僕自身がかつて出会ったことで、背中を押された経験があって。賢太が「占い師ですか?」って聞く場面がありますけど、本当に感覚の鋭い、不思議な方なんですよ。風子さんとの出会いの場面を書き終えたその日にメールがきた、なんてこともありました。小説を書いていることなんてもちろん伝えていなかったし、そもそも頻繁に連絡をとりあうわけでもないのに。

――小説のなかでも、風子さんとの場面だけ、どこかおとぎ話のような雰囲気が漂っていましたが、まさか現実に体験したことだったとは……!

:もちろん、脚色はしているので、そのままというわけではないんですが、あの奇跡のような一日をどうすれば効果的に描けるだろう、と考えたときに、やはりダンスで身をたてることをめざしてがむしゃらにやってきた自分の体感も、あわせて書いたほうがいいだろうなと、賢太という主人公が生まれました。だから、実をいうと、最初はダンス小説を書くつもりはなかったんですよ。風子さんのことを書こうとしたら、結果的にそうなってしまったというだけ(笑)。

――意外です。でも、だからこそダンスに興味のない読者にも響く小説になっているのだな、と思いました。三浦しをんさんも「ダンスなんて全然できないのに、読んでいると自分もできるんじゃないかという気持ちにさせられる」とおっしゃっていましたね。

:そう言っていただけると、ホッとします。しをんさんって、個人的なメールのやりとりひとつとってもおもしろくて、文章で人を楽しませようというサービス精神に溢れているんですよ。僕が小説を書くうえでも、そこはいちばん影響を受けていた気がします。ただ書きたいものを書くのではなく、どうしたら読む人がおもしろいと思ってくれるか。ダンスという身体表現の感性を、おっしゃるように、ダンスに興味のない人たちにも文字で味わってもらうためには、どうしたらいいのか。それは常に意識していた気がします。

――普段、言葉なしで味わっていることを改めて文字にするのは、とても難しそうな気がするのですが……。

:それはもう、書きながら少しずつしっくりくる表現を覚えていった、という感じですね。賢太が結成した「PRIMAL IMPACT」というダンスグループが出場した、2回目の横浜でのイベントのシーンくらいから、だんだん自分の文章の感覚を信用できるようになってきて。それまでは、ちゃんと小説らしく書かなきゃ、と気負う部分もあったんですが、そんな姿勢で挑んでも、僕も読む人も楽しくないし、意味ないんじゃないかなと気づいてからは、わりとのびやかに描けるようになりました。それは、しをんさんの『ののはな通信』(KADOKAWA)を読んでいた影響も大きいかもしれません。あの小説は、ふたりの女性の往復書簡形式で進むのですが、話し言葉だけ、会話スタイルだけで成立するというのが、けっこうな衝撃だったんですよ。

――地の文がなくても大丈夫、という実感が「小説らしさ」への気負いから解き放ってくれた。

:はい。僕も、頭のなかにいる登場人物と会話しながら、合間を埋めるように情景や心情の描写をすればいいんだな、と。賢太やチームメイトたちが踊っているのが、なんていう名前の、どういう動きをするダンスかを具体的に説明する必要なんてない。踊っているときにどんな気持ちになるのか、その動きからどんな感情を受け取るのか、場の雰囲気はどんなものなのかを、僕の体感で描写していくことで、読んでいる人たちの想像力も膨らむんじゃないか。そしてその描写は、僕だからこそできるものなんじゃないかと、少し自信をもって描けるようにもなりました。

人生は自分の考え方、捉え方次第。そんなことを伝えられたら

橘ケンチ

――橘さんの体感が土台になっているからこそ、夢を追う、というテーマの切実さも生きている気がします。一緒にダンスをしていたはずなのに、安定を求めて就活する友人たちに、賢太が苛立つ場面もありましたが、最終的に、あきらめていった人たちのことも否定しない描き方をされているのが、とてもよかったです。

:僕自身、賢太のような人生を歩んできたなかで、たくさんの出会いと別れがありました。ダンスを辞めて、普通に就職をして、別の道を歩んでいく人たちに対するさみしさも苛立ちもありましたし、EXILEのメンバーになれたときは、「やっぱり俺が正しかったんだ」と思ったりもした。なんていうか……自分ひとりで、勝手に成功した、みたいな気持ちになっていたんですよね。でも、今ならわかります。どちらも間違っていない。どの道も正解だったんだって。

――風子さんが賢太に問いかける場面が印象的でした。「あなたたちはいまの状態のまま、ずっと生きていけることが幸せだと思う?」と。そして続く「進む道を変えざるを得ない人が出てきても、その人のことを責めないであげて欲しい」という言葉も。

:それぞれに人生を積み重ねた今の僕たちだから、やっと「お互い、これでよかったんだ」と思えるようになった。その実感を、セリフには込めています。あと、風子さんみたいなメンターの存在が、賢太のような若い世代には必要なんじゃないかと思うんですよ。自分たちの想いだけで突っ走ることで道を切り開いていくこともあるけれど、大事なところで軌道修正してくれる年上の存在に出会えたことが、僕にとっては大きかった。賢太にはまだ、辞めていった友達への苛立ちが残っているし、風子さんの言葉を完全に理解できたわけじゃない。でも、この物語から5年後、10年後に「風子さんが言っていたのはこういうことだったのか」とわかる瞬間がきっとくる。そんな思いを込めて、書きました。

――賢太がダンサーとしての夢をつかみとっていく青春小説であると同時に、風子さんをはじめ、“何か”を背負った大人たちの姿が描かれるのも、本作の読みどころだと思います。どんなに成功しているように見える人も、それぞれ傷や迷いを抱えながら、それを乗り越えて前進しているんだ、と。

:夢を掴んだ人と掴まなかった人って、わかりやすく区別されちゃうじゃないですか。たとえばM-1に出場する芸人さんたちにとっては優勝こそが目標で、売れなければ意味がないように見える。だけど、がむしゃらに走り続けた結果、大切なものを置き去りにしてしまうこともあるだろうし、芸人を辞めて就職した人が、家族とともに過ごす時間を得てはじめて人生の意味を見出すこともあるでしょう。どっちが幸せか、なんて、誰にもジャッジできないんです。自分の捉え方、感じ方ひとつで、人生はどうとでもなってしまうのだから。夢を叶えるというのは重要なことだけど、勝ち負けも、嬉しいも悔しいも全部ひっくるめて、人生の貴重な糧として生きていくことが大事なんじゃないか、ということが、登場するいろんな人たちの姿を通じて伝わるといいなあと思います。

――作中の舞台は、橘さん自身が青春を過ごした90年代ですが、ご自身の過去の記憶をたどりながら書くことで、何かを取り戻した感覚ってありますか?

:予想以上にありました。自伝的小説だからといって、どこまで忠実に描くかは、悩んだんですよ。今の子たちは、きっと、カセットデッキが何かもわからないじゃないですか。

――海外旅行をするときにトラベラーズチェックが必要、という描写にめちゃくちゃ懐かしくなりましたが、もはや失われた言葉ですよね(笑)。

:絶対に、今の子は知りませんよね(笑)。でもそういう小さな描写の積み重ねが、当時の感覚を呼び覚ますためには必要で、結果として物語のリアリティが増したんじゃないかなと思います。賢太の物語は、小学5年生のとき、アメリカ帰りの同級生・裕太と出会ったところから始まりますが、裕太のモデルになった友人と、学校のバスケコートで練習していたときの息遣いや、ゲータレードを飲んでいたときのことが、書きながら鮮明によみがえってきて……。ああ、僕ってこういう人間だったんだ、みたいな軸足もより強くなった気がします。

『パーマネント・ブルー』続編も考え中? 次回作への構想

橘ケンチ

――今後、また小説を書きたいというお気持ちは。

:本作とはまったく関係のない小説の構想があるので、書いてみたいと思っているんですが、時間がかかりそうだなあと思っているところです。ただ、驚いたことに、『パーマネント・ブルー』を読んでくださったいろんな方から続編を読みたいですと言われて。

――むしろ、続編ありきかと思っていました。先ほどの風子さんのセリフなんて、今後に繋がる伏線みたいなものですよね。

:あ、やっぱり。僕はまったく考えてなかったんですけど、そう感じる方が多いのを知って、だったらあの部分をもうちょっと膨らませられるかもとか、考え始めているところです。ただ、そうすると今後は、EXILE色が強くなってしまうだろうから、フィクションとの区別をつけにくくなるのが難点。どういう書き方をすれば、物語としてみなさんにおもしろいものをお届けできるか、考えてみたいと思います(笑)。

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