あなたが子どもの時、言葉にできなかった「モヤモヤ」が物語としてよみがえる! 西加奈子『円卓』3つの読みどころ

文芸・カルチャー

2017/11/13

『円卓』(西加奈子/文藝春秋)

 『円卓』(西加奈子/文藝春秋)は、祖父母と両親、そして三つ子の姉たちに愛されて育った末っ子でありながら「孤独」を愛し、大らかで優しい家族たちを「凡人」「阿呆」と蔑む、偏屈で口の悪い小学3年生の女の子、渦原琴子(うずはら・ことこ)――愛称「こっこ」が主人公の物語である。

 こっこちゃんは、「ものもらい」で眼帯を付けて登校した同級生をうらやましがり、吃音の幼馴染のしゃべり方を「リズミカルでカッコいい」と思ったり、ベトナム難民の両親の元、日本で生まれた男の子を妬み、不整脈で倒れた学級委員のマネをしたり、「母親が社長の愛人」という母子家庭のクラスメイトに憧れたりする。「いうて俺ら貧乏やけど、家族仲良し、幸せやんな! なー!」という阿呆の家族の雰囲気に反発する「なにがおもいろねん」と。

 こっこちゃんは、「個性」がほしい。普通ではない「何か」がほしい。単純で分かりやすい生活ではなく、苦しんで、可哀想になって、「孤独」な存在になりたいのだ。

 しかし、そんなこっこちゃんに、幼馴染のぽっさんは言う。「こっこは可哀想だと思われたことがないから、可哀想と思われる人間の気持ちが分からないのだ」と。それから、こっこちゃんは「世の中」について考えるようになる。悩み考え、成長していく。

 本作の感想を簡潔に述べるのなら、「スゴイ×3」である。
 1つ目。読んでいる間、「笑っていない時の方が少なかったのではないか」というほどに「笑いどころ」が多いこと。まるで漫才を見ているかのように、次から次へと読者を笑わせてくれる。読みながらずっとニヤニヤしていた気がする(気持ち悪い)。それでいて、しっかりと「小説」として成立しているなんて、スゴイ。

 2つ目は、子どもの時に、きっと自分も感じていたであろう「不満」や「問題」または「感動」など、当時は子どもゆえに言葉にできなかった感情を、西加奈子さんという大人の目と稀有な才能を持つ作家の語彙力を通し、明確に表現してくれていることだ。

 子どもの時の気持ちを思い出すのと同時に、どこかそれが「世の中の真理」のようにも思える。子どもだった時の感情は、案外「大人」を越えて「仙人」の域に入っていたというか、達観していたのかもしれない、と思ったりする。

 3つ目は、本作は続き物ではないが、たとえ100巻まで続いたとしても、(私が)読み続けられる自信があること。それくらい、もっとこっこちゃんの話を読んでいたいし、また、「脇役でいるのはもったいない!」と感じる登場人物ばかりなのだ。三つ子にスポットライトを当ててもいいし、こっこちゃんの同級生の誰が注目されても、面白い物語になるはずだ。スピンオフは、手芸部の玉坂部長を主人公でお願いします。

 本作、ページ数も少なく、セリフも多いので読みやすい。読書が苦手な方でも、するすると頭に入り、笑いながら読めるのではないだろうか。

文=雨野裾