高校No.1左腕・松井裕樹を育てた神奈川の高校野球秘話!

スポーツ

更新日:2013/7/11

 今年も夏の甲子園の季節が近づいてきた。各都道府県では、早くも大舞台を目指した地方大会が開幕している。今年の注目は、なんといっても、神奈川・桐光学園の左腕投手・松井裕樹。2年生で出場した昨夏の甲子園1回戦で、10連続を含む22奪三振。9回までの奪三振大会記録を87年振りに更新するなど、衝撃のピッチングで日本中の話題をさらった。1年経った今、松井は高校生No.1投手として、練習試合にまでメディアが押し寄せる状況になっている。今夏の神奈川大会は、松井の存在で盛り上がることは確実だ……といった論調はよく見かける。しかし、このフレーズ、少しだけニュアンスが異なる。真実は「毎年、大いに盛り上がる神奈川大会だが、今年は松井の存在で、さらに熱気に満ちた大会になることは確実だ」というのが正しい。

 そう、実は高校野球関係者、ファンの間で「神奈川大会」は全国一といっても過言ではないほど盛り上がることで知られている。一説によれば非公式ながら、夏の地方大会の観客動員数は全国一。2位の大阪とは10万人近い差があるという。参加校数も全国一という点を差し引いても、その差は大きい。実際、過去の決勝戦では会場の横浜スタジアム(収容人数約3万人)が満員になることもしばしば。好カードがキャパの小さな球場で行われたりすると、駐車場渋滞やバスのラッシュが起こることもある。約1万6000部といわれるパンフレットも大会開幕後、数日で完売するというから驚きだ。

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 人気の理由はいろいろあるが、最も大きいのは全国的に有名かつ個性ある名門校から、番狂わせを起こす伏兵公立校まで、多くの有力校がしのぎを削っていることが挙げられる。ザッと挙げるだけでも、松坂大輔(インディアンス・マイナー)を輩出した横浜、巨人・原辰徳監督が選手の時代に一世を風靡した東海大相模、高橋由伸(巨人)ら多くのプロ選手を育てた桐蔭学園、「エンジョイベースボール」で有名な慶応義塾、そして松井裕樹の桐光学園。まさに多士済々、である。

 そんな神奈川の有力校を率いる指揮官「監督」にスポットを当てたスポーツノンフィクションが『高校野球 神奈川を戦う監督(おとこ)たち』(大利 実/日刊スポーツ出版社)。あまり野球に興味がない人からすれば、「神奈川の高校野球の監督」というかなり限定したテーマで1冊成り立つのが不思議に思えるかもしれない。しかし、売り上げは好調で、高校野球関係者の間でも評判を呼んでいる。これもまた、神奈川の高校野球熱の高さを裏付けているのかもしれない。

 読みどころは各校の監督たちの指導理念、スタイルの違いと、それらがぶつかり合うライバル物語。不思議なのは、神奈川の監督たちは、ひとたび球場、試合を離れれば非常に仲が良く、交流も盛んという点だ。監督たちはことある事に指導方法などについて活発に意見を交わしている。序章でも描かれている夏の大会前の「高校野球監督会」という交流会もそう。恒例という横浜高校の名物コーチ・小倉清一郎氏の優勝予想の話も面白い。こうした「切磋琢磨」が神奈川高校野球の熱気を生んでいるだろう。

 登場する高校は8校。もちろん、松井裕樹の桐光学園も含まれている。率いる野呂雅之監督は、今どきの高校生に合わせた指導で全国の頂点を目指すのが身上。その環境で松井裕樹も育っていった。全国一の投手が、ふだん、どのような方針のもとで練習に取り組んでいるのかも、じっくり描かれている。高校野球は日本の夏の風物詩。これを読めば、この夏の高校野球観戦を、いっそう楽しめるはずだ。

文=長谷川一秀(ユーフォリアファクトリー)