バブル女子の恋愛観を一変させたユーミンソングの功罪

社会

公開日:2013/12/13

 11月20日に、37枚目のオリジナルアルバム『POP CLASSICO』を発売した、歌手・松任谷由実。1972年に荒井由実としてデビュー後、彼女の作品に関わっていたアレンジャー・松任谷正隆と結婚し苗字を変えたものの、「ユーミン」の愛称で親しまれているポップス界の不動の女王だ。

 時代とともに愛されてきたユーミンの作品を、“女性にとっての甘い傷跡”と評したのは、『負け犬の遠吠え』(講談社)で知られるコラムニスト・酒井順子氏だ。「女性の時代」の夜明け前から女性主体の恋愛を歌い、バブル期には時代と寸分違わず開花したユーミンソングは、どんな“傷跡”を女性にもたらしたのだろうか。

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 酒井氏は著書『ユーミンの罪』(講談社)で、「ユーミンの歌とは、女の業(ごう)の肯定である」と断言。「もっとモテたい、もっとお洒落したい、もっと幸せになりたい……という“もっともっと”の欲望も、そして嫉妬や怨恨、復讐に嘘といった黒い感情をも、ユーミンは肯定してくれました」と一時代のユーミンと女性の親和性を語った。

 例えば、ユーミンの2枚目のアルバム『MISSLIM』に収録された『海を見ていた午後』。この曲は失恋した女性が描かれているのだが、それまで演歌やフォークソングで歌われてきたように「泣きたいのに泣かない(泣けない)」女性ではなく、「ダサいから泣かない」女性を歌っていることに酒井氏は注目。ユーミンソングでは“恋愛を継続させる手段としての涙”はNG。それゆえ、「すぐそこにある幸福を他人にかっさらわれる」女性が増え、「野太い生命力のようなものを失った気がする」。たしかに、なりふり構わず男にすがりつく女はカッコ悪いという刷り込みがあり、手に入ったはずの幸せを、プライドと引き換えに失った女性は多いのかもしれない。

 また、4枚目のアルバム『14番目の月』には『中央フリーウェイ』『14番目の月』というドライブ中の情景を歌った曲が収録されているが、どちらも女性は助手席に座っている。酒井氏は、それこそがユーミンが持つ「助手席感」と一致していると指摘。女性の自立を歌い、ニューミュージックという新たな分野を切り拓いてきたユーミンだが、実は松任谷氏という、常に彼女をサポートするパートナーがいた。だからこそ、人々の目にはカッコよくオシャレに映っていた彼女だが、「女性の時代」の機運が高まりつつあった当時、一般女性に女はひとりでも社会を乗りこなせるという間違ったメッセージを送っていたとしたら、当時の女性たちのとっては大きなプレッシャーになったであろうことは想像に難くない。

 さらに酒井氏の分析が冴えるのは、12枚目のアルバム『昨晩お会いしましょう』に収録された『街角のペシミスト』。この曲は、学生時代に遊び人だった彼との、共通の友人の結婚パーティーで再会できることを喜ぶ女性が主人公。ただ、「永遠にはこのままではいられない」と楽しかった時代に区切りをつけて前を向いているために淡い期待は持っていない、いわゆる「祭りの終わり」ソング。しかし、誰もが青春時代に区切りをつけられるわけではなく、今も若さとスタイルをキープするユーミンに自分を重ね合わせ、「いつまでも若く」の呪縛にとらわれている人も少なくない、と仮説を立てている。ユーミンが商業的にも最も愛されたのは、バブルの時代。もしかしたら、そのころに青春を送った女性が、今“美魔女”になっているのかもしれない。

 改めて読んでみると、ユーミンの作った“甘い傷跡”はユーミン世代だけでなく、その下の世代にまで延々と受け継ぎ、刷り込まれた「呪縛」である。しかし、それは「呪縛」であるとともに、経済的に上り調子であった時代にしか生まれない圧倒的なパワーとポジティブさを持っており、「未来」を感じさせてくれる「希望」でもある。一筋縄では語れないユーミンソング、この本を片手に聞き返してみると、より深く心に響くだろう。