「“正しさ”は“優しさ”にはかなわない」 ―妻で母でアスペルガーの社長が自身のトリセツづくりで学んだこと

暮らし

公開日:2014/5/3

 「自分のトリセツ」があったら便利だな、と感じたことはないだろうか?

 筆者は会社員からフリーランスに転向した当初、よくやるミスのリスクヘッジとして、陥りやすい失敗対策ルールをつくったことがある。単純なことで言えば、数字のうっかりミス防止を含む「取材撮影進行メールの確認ポイント」や、取材先や打ち合わせに行く際の「方向オンチ防止マイルール」など。また、心理学やカウンセリングの勉強を重ねる中で自ずと自己理解が進み、自分のトリセツ的なものが構築され、自分自身とつきあいやすくなった感がある。

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 人は自分の特徴を把握し、得手不得手を知ることで、それを手がかりに自分とうまくつきあう工夫をすることができる。

 次元が違う話なので筆者の例を前フリにするのも誠に恐縮なのだが、発達障害をもつ方で自身のトリセツを執筆された人がいる。海外赴任中の夫をもつ妻で、中学生の娘をもつ母で、ヒーリングアイテムを扱う会社の社長で、ADD(注意欠陥障害)傾向の強いアスペルガー症候群をもつ、アズ直子氏だ。

 著書の『アスペルガーですが、妻で母で社長です。』(アズ直子/大和出版)では、大人になるまでアスペルガーであることに気づかず、生きづらさを感じていた著者が苦心の末に見つけた、人とうまくいく30のルールが明かされている。空気が読めずに浮いてしまう、なぜか人との会話が噛み合ない、時間を守るのが苦手なのに、規則やルールにはこだわってしまうなど、そんな悩みをもつ人たちに、ぜひ読んでほしいという。

 ちなみにアスペルガー症候群は、自閉症などとともに現在、広汎性発達障害(PDD)のひとつに定義されている(厚生労働省)。発達障害の原因としてはなんらかの中枢神経の機能不全が推定され、その特徴的な行動は本人のわがままや努力不足のせいではなく、そのことで当の本人がいちばん困っていることを、まず理解すべきである(『手にとるように発達心理学がわかる本』小野寺敦子著/かんき出版 より)。特にアスペルガーの場合、人の気持ちを想像できず、悪気もなく人を傷つける発言をしてしまい、相手を怒らせてしまうことも少なくない。

 幼少時代から、対人関係における微妙な空気を読みとれず、友達からウザがられる「へんてこな自分」が大嫌いだった彼女は、大人になっても相変わらず人づきあいが苦手だった。パーティでTPOをわきまえずにエライ人の名前を呼び捨てにしてしまったり、相手との距離感が近すぎてあとでクレームが寄せられては怒られる。そのたびに恥ずかしさや悔しさが入り乱れるだけでなく「なぜ場所によって態度を変えなくてはならないのか」という疑問で混乱に陥り、悩む日々が続いた。

 そんな彼女の人生を変えたのは、医師からの「ADD傾向の強いアスペルガー症候群」という診断だった。自分が対人関係がうまくいかず、何かを片付けようとすると、精神的に大きな負荷がかかることに対する明確な回答を得て、安堵と希望が生まれた。そして専門書を読み、これまで自分では気づかなかったアスペルガーやADD特有の言動に気づき、その特性を知識として把握することで「自分自身の取り扱い説明書」をつくるすべを手に入れたのだ。

 「宇宙人(アスペルガー)でも生きやすくなる30のルール」の章では、著者の感じる違和感がどのようなものかが具体的に理解できるのはもちろん、普通に対人方略マニュアルとしてとらえても参考になる。

●失敗しないお話ルール…雑談に困らないよう、無難なテーマの話題をふだんから用意しておく
●いわゆる「返事」には心を込めない…レスポンスには感情移入しないで「イエス」か「ノー」をすぐ返信する
●どうしても気の合わない人は相手も「宇宙人」だと思え…歩み寄りが厳しい場合、相手は「宇宙人」だと思ってストレス回避
●持たない、借りない、増やさない…モノが増えると分類できなくなるので、できるだけ持たない
●真に受け力…真に受ける特性を活かして行動を起こすと、相手の社交辞令も現実化しやすくなる  etc.

 本書のコラムに、著者がかつて交際相手を正論で追いつめてしまったときの反省が書かれている。「“正しさ”が幸せを運んでくるとは限らない。“優しさ”にはかなわないとわかりました。そして少しだけ人に優しくすることができるようになったきっかけにもなりました」

 心に変化がおきれば、とりまく環境や人生も変わっていく。そのための「自分の特性をふまえて危機回避するトリセツ」であり、ひいては、すべてがいい方向に回り出す対策にもなる。

 人には誰でもクセがある。それは見方を少し変えれば、立派な「個性」といえるのではないだろうか。

文=タニハタマユミ