[カープ小説]鯉心(こいごころ) 【第十話】女が生きにくい世の中で、女として生きてるだけ

スポーツ

公開日:2015/5/15

カープ小説

◆◆【第十話】女が生きにくい世の中で、女として生きてるだけ◆◆
 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

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もっと女性が働きやすい社会、ねえ……

PCの前で頬づえをつきながら、美里は書き途中の原稿を眺めた。
時計の針は深夜1時を回り、もはや自分が書いた文章もほとんど頭に入ってこない。
美里はフーっと大きく息を吐いてベッドに寝転がり、心の中で呟いた。

世の中から「女であること」を求められることが、私は苦手だ。

先週、美里は女性向け情報誌の仕事で、ある女性経営者をインタビューした。
日経ウーマンなどでも度々紹介されている、やり手の女社長だ。
大手の人材紹介会社に勤めトップクラスの営業成績を収めた後、女性のキャリア支援事業を展開するベンチャー企業を立ち上げたという。

表参道にあるオフィスで行われたインタビューは、まるでフェミニズム運動家の演説のようだった。

インタビュー中、彼女は「もっと女性が働きやすい社会を」というフレーズを、少なくとも5回は口にしていた。
彼女曰く、今の日本社会の問題点は、女性の“ハイクラス人材”が能力を発揮できる環境が非常に少ないことだという。
そのため彼女の会社は、クライアント企業の抱える経営課題を徹底的にヒアリングした上で、“ハイクラス人材”に限定した女性会員を紹介しているそうだ。
これまでの転職支援実績として、名だたる一流企業の名前を次々と挙げていた。

1時間ほどで取材を終えて会社を出ると、どっと疲れが押し寄せ、やがて苛立ちに変わった。

“ハイクラス人材”ってなに?
意味わかんない。
真顔であんなこと言って恥ずかしくないの?
そもそも女性に限定した求人なんて、そんなの逆差別じゃん。
ハイクラスならハイクラスで、男も女も関係ないじゃん。

つまるところ私は、彼女が言う「女性」に自分が含まれている気がしなかったのだ。

彼女が言う「女性」とはきっと、丸の内あたりの一流企業でバリバリ働く女の人たちのことだ。
社会の第一線で男性と対等に張り合って戦う、そういう人たちのことだ。

女性ばかりのオフィスも、何だか居心地が悪かった。
皆、頭のてっぺんからつま先まで、キャリアウーマンのお手本のような隙のない格好をしていた。
お互い見栄を張りあって、首を絞めあっているようにしか見えなかった。
いつもジーンズにスニーカーの私は、あんな職場ではとても働けない。

彼女たちはきっと、大学を卒業して適当に事務職にでも就いて、結婚して退職して、出産して専業主婦になるような人生は認めないのだろう。
口先では認めたとしても、心の中ではどこか見下しているのだろう。

でも、専業主婦と、馬車馬のように働くキャリアウーマンの、一体何が違うというのか。

どちらもひとつの枠組みの中で、特定の価値観にすがって生きているだけじゃないか。
世の中の枠組みに黙って従うか、それとも反発するかの違いだけじゃないか。

結局、女にとっては生きにくい世の中なのだ。

そう考えると女社長への苛立ちも段々と薄れ、次第に同情へと変わっていく。
彼女も私も、女が生きにくい世の中で、女として生きてるだけ。
その形が少し違うというだけの話だろう。

……とまあ、そんなわけで先週の取材はどっと疲れた。

この手の仕事をするときは大体、こんなことばかりだ。
仕事と割り切ればいいのに、いちいち考え過ぎてしまう。
全く、女をこじらせるとロクなことがない。

ちさとみたいに生きれたらな、と最近たまに思う。

彼女は、男とか女とか関係なくただカープが好きだから、カープを応援する。
シンプルで、気持ちがいい。
他人がどう思うかなんて、きっと関係ない。
そんな風に夢中になれるものがあることを、私は羨ましく思う。

いや、私にもあるのかもしれないけれども、それが何なのかまだわからない。
今はただ、自分の存在を世の中に示すことで精一杯。
でも、もう少し頑張ればきっと、心にも余裕が出てくる。
そうしたらきっと、私はもっと私自身と向き合える。
だから私、もう少し頑張れ。

「よし!」と自分に言い聞かせた美里は、ベッドから重い体を起こし、冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶をPCの横に置いた。
さあ、もうひと踏ん張り。

(第十一話に続く)

イラスト=モーセル

[カープ小説]鯉心 公式フェイスブック
【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第二話】「か、カープ女子…?」
【第三話】「いざ、広島へ出陣!」
【第四話】「生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日」
【第五話】「カープファンは負け試合の多い人生ですから…」
【第六話】「私も小説書きたかったんだよねえ。若いころ」
【第七話】 私たちカープファンにできること
【第八話】「好きとか嫌いとか、にじみ出るものだから」
【第九話】神宮球場で飲むビールは世界一美味しいのかもしれない