「マンガ肉買って来いよ、お前も食えよ」と命令するデブ女と優柔不断な僕―サマにならない恋愛に奇跡が起こる?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/19

 「恋愛」というのは、誰かと深く関わるものなので、実はロマンチックでも何でもないこと に気がついたのは、一体いつだっただろうか。本人は大真面目で必死なのだけれど、他人から見ると時間の無駄で、滑稽にしか見えないことに、私たちはくだらない空騒ぎを続けながら、夢中になってしまう。だが、「誰かを好きになる」ということは、恐らくそういうものなのかもしれない。嬉しいけれど、しんどくて。理屈が通用しない恋愛に向き合うのは、面倒で厄介な場面もあるけれど、誰かと真正面から向き合うことは、実はとても切実で、意味のあることなのだと思う。

 第12回「R-18文学賞」大賞受賞作である、朝香式の『マンガ肉と僕』(新潮社)は、そんなサマにならない恋愛が、一癖も二癖もある男女の視点を通して描かれている、連作短編集だ。

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 この物語は、学生時代の「僕」が、白イルカみたいな体型の、3日は髪を洗っていない、異様な匂いを放つ女「熊堀サトミ」に部屋を占拠され、コンビニに売っている「マンガ肉」を買いに行かされる場面から始まる。マンガ肉というのは、アニメの原人が食べていたマンモス肉の形に似せた、骨付き肉のから揚げのことだ。

 デブで不潔な「肉女」に、ある日突然目をつけられた僕は、常識を超えた出来事に上手く対処することができず、僕に恋人ができるまでの3カ月間、四六時中パシリとして使われるはめになる。

 月日は流れ10年後、何の因果か、僕とサトミは再会する。驚いたことに肉女は、顔も体もあの頃の半分になり、すっかり美しく変貌を遂げていた。サトミはそこで初めて、10年前、自分に起こっていた不幸な出来事を語りだす。

 2つ目の物語では、再会して惹かれあい、同棲するサトミと僕の様子が描かれている。だが、2人の仲が上手くいっていると信じているのは僕だけで、サトミは自身が店長を勤める飲食店で、「肉」が一切食べられない、アルパカ似の男に惹かれていた。何かを拒むことはせず、フラットな瞳を持つ「僕」が持つ優しさは、限りなく無関心に似ていることに、サトミは気づいてしまったのだ。

 もっとも、そんな「誰かと真正面から向き合えない」僕も、学生時代、自分のせいで壊れていった元恋人と、最後はきっちり対峙させられることになるのだが。

 この物語に登場する人々は、みんなちょっと痛い。恋人が座ったソファに消臭スプレーを目の前で吹きかけてしまう僕も、僕の元恋人で現在クリニックに通う菜子も、肉が食べられないアルパカ男も、僕と同棲を続けながら、アルパカ男の隠し事を知らずに恋に暴走するサトミも、人よりヤモリに優しいバーのマスター「ペリカン」も、みんなそうだった。

 始めは取り繕い、良い顔を見せていた彼らが、徐々に自分以外の誰かに対して感情をむき出しにする様子は、時々ひどく滑稽だったかもしれない。

 だが、面倒でややこしい人間関係の中で、心から怒ったり泣いたり、喜んだり悲しんだりする彼らは、理屈では語ることのできない人間らしさにあふれていて、なんだか時々、ひどく輝いて見えた。不器用ながらも一生懸命生きる人間は、人を惹きつけるのだと感じた。

 愚かでサマにならない男女の恋愛が描かれる、愛すべき物語である。ままならない人間関係に疲れた時、ぜひ読んでみてほしい。

文=さゆ