小泉今日子、第二の故郷・原宿を語る。

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/15


『黄色いマンション 黒い猫』(小泉今日子/スイッチ・パブリッシング)

1982年にデビューし、“なんてったってアイドル”時代を経て、現在は女優として活躍する小泉今日子。彼女の魅力を分析した『小泉今日子はなぜいつも旬なのか』(助川幸逸郎/朝日新書)や、雑誌『MEKURU vol.7』(ギャンビット)では特集を組まれるなど、今でも多くの注目を集めています。

今年50歳を迎えた小泉今日子は、なぜこんなにも人を惹きつけてやまないのでしょうか。そして、なぜ“小泉今日子”を知りたくてたまらないのでしょうか。

2007年から2016年まで雑誌『SWITCH』で連載されていた「原宿百景」をまとめたエッセイ集『黄色いマンション 黒い猫』(小泉今日子/スイッチ・パブリッシング)が刊行されました。本書は、青春時代を過ごした原宿を中心に、故郷の厚木や、大人になって過ごした中目黒、葉山などいくつかの地名が登場し、そこで出会った人々や何気ない日々のことが綴られています。

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デビュー直前、厚木から表参道までボイストレーニングに通う彼女。突然やってきた嵐のような日々に翻弄されながら、アイドルとして生きる肚を決め、そして原宿が第二の故郷になる描写があります。

表参道のど真ん中の、ビルとビルの隙間のこの家でコタツにあたって、普通のご飯を食べて、湯のみでお茶飲んで、ミカン食べて、ぼんやりテレビを見つめている時、嵐が来ても決して家は飛ばないし、私の身体も心も消えないって思った。

80年代にスーパーアイドルとなって活動する“キョンキョン”。神宮前交差点で信号待ちをしていたら「一人で歩いて大丈夫なの?」と心配して声をかけてくれたOL風のお姉さん。竹下通りの喫茶店で束の間の読書を楽しんでいたら、テーブルにそっと「あなたにもこういう一人の時間があるのだと安心しました」とメモを置いたお姉さん、近所にあった八百屋、立ち話をした老婦人など、原宿は小泉今日子を普通の少女として迎え入れてくれた街でもありました。近所にあったクラブ「ピテカントロプス」やそこで出会った最先端のサブカルチャー、密やかな恋……。アイドルへの屈折した愛情が、悪意となって向けられた思い出も登場します。

十八歳から二十一歳までの四年間、私は原宿にいた。仕事したり、恋したり、勉強したり、悩んだり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、パワフルだったなぁ。初体験だらけだったもんなぁ。

ドラマ『あまちゃん』で、娘・アキ(能年玲奈)とともに表参道を歩くシーン。劇中ではアイドルになれなかった母親・春子を演じながら、実生活では母親になれなかった元アイドルという、自分の人生に思いを馳せていたと本書の中で告白しています。そして章の最後に、現在、芸能界の荒波をサバイブする能年玲奈自身に、芸能界の先輩として「その火を飛び越えてこい!」とエールを送っています。女優・小泉今日子は、彼女が青春時代に奮闘した原宿の街で、過去の自分を抱きしめ、後輩を優しく迎え入れ力強く前進するのです。

九年間、定点観測をした原宿だって、どんどん変わっていった。携わったスタッフも私もどんどん変わっていった。続けることは、変わらないことではない。続けることは、変わり続けることなのかもしれない。街も人も変わり続ける。街も人も生きているのだ。だから、なくなってしまったものも、新しく生まれたものも、どちらも等しく愛おしい。

大人になると、ふと「あの時、こうしていれば」と過去の後悔をいつまでも引き摺り、「あったかもしれない、もう一つの人生」に囚われる瞬間があります。小泉今日子が、悩んで考えて試行錯誤をした軌跡を一緒に辿ることで、自分の人生を引き受ける方法が見つかるかもしれません。

文=松田美保