性的嗜好を徹底解説! 究極の「フェティシズム」大百科

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/14


『フェティシズム全書』(ジャン・ストレフ:著、加藤雅郁:訳、橋本克己:訳/作品社)

人間には「怖いもの見たさ」という感情がある。自分にとって危険だったり、よくない影響のあることが分かっていたりするのに見たいと思ってしまう。そういう意味で、この『フェティシズム全書』(ジャン・ストレフ:著、加藤雅郁:訳、橋本克己:訳/作品社)はタイトルからして危険な匂いが漂ってくる。しかしそれでも気になってしまう人は多かろう。

著者であるジャン・ストレフ氏は、フランスの作家であり映画監督でもある。しかし最も著名なのは、サディズムなど性的倒錯、フェティシズムの探求者としての面だ。『サドマゾヒズム』などの著書を物し、自身も本書で「私はフェティシストであり、しかもあらゆるもののフェティシストである」と公言している。

そもそも「フェティシズム」とは何か。およその解説では「異常性欲」や「性的倒錯」であるとされ、愛情の対象が異性そのものではなくその一部(肉体の一部や、身に着けている物など)であることを指す。本書はそのフェティシズムに該当するであろうテーマを全6章に分け、細大漏らさず解説した「恐るべき」著作なのだ。

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例えばよくニュースで女性の制服や下着、靴などを盗んで検挙される事件を見かける。これなどは満たされぬフェティシズム欲求の暴走といえなくもない。本書においても制服は「下着と装飾品」の章に取り上げられ、フェティシズムを語る上では欠かせない要素として扱われている。その中でも注目したいのが、日本について詳述されていることだ。

ナースを扱った若松孝二監督の映画『犯された白衣』などを紹介しつつ「何でも集団を作ることに惹かれる日本人の習性を知れば、彼らの制服に対するフェティシズムがあらゆる女性のステレオタイプに適用されているのを見ても驚くには当たらない」と解説。その上で「だが最も広く知られている日本的願望は、セーラー服姿の女子高生にある」としている。確かによく見ていると感心してしまった。なるほど、今でこそ制服はブレザーが増えたが、少し前は制服といえば「セーラー服」だった気がする。このように氏の分析は洋の東西、過去現在を問わず幅広く行なわれている。しかも参考資料としてビデオグラムのジャケット写真などを掲載するといった念の入れようだ。

しかしストレフ氏の真価というか、真に恐るべきなのは「実証主義」的な側面だ。本書では「ネクロフィリー」──いわゆる死体性愛と呼ばれるものだが、氏はそれを「遊び」としつつ「ある種の快楽を覚えた」ことを認めている。そう、彼は実際に18歳の頃に年上の女性と墓地に行き、愛好しているという作家・モーパッサンの墓の上で姦淫に耽ったというのだ。にわかには信じられない話だが、こういう一般には理解しえない感覚こそが「フェティシズム」なのかもしれない。

もちろんこういう趣味嗜好は頭から否定されるべきではない。しかしその暴走が犯罪に繋がっては、非難の対象となることもあるだろう。本書においてもドイツの映画監督であるユルグ・ブットゲライトの製作した『ネクロマンティック』という映画が直接の罪状となって、監督が刑務所に入れられたと記述している。一歩間違えれば手が後ろに回ってしまう、そういう危険もはらんでいることは忘れてはなるまい。

究極的な話をすれば、これは万人に勧められる書籍ではない。しかしながらフェティシズムとはどのようなものを指し、いわゆるフェティシストたちがどのような思考でそれにのめりこんでいくのかを知る上では最良の教材ということはいえる。もちろん興味本位で手に取るのもありだろう。だが「こちらが深淵を覗くならば、深淵もこちらを見返している」というニーチェの指摘も、心に留めておくことをオススメする。

文=木谷誠