ハチミツの匂いがしたたるような異色の傑作ファンタジー! 若き「利き蜜師」が奇妙な流行り病に立ち向かう!!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/13


『利き蜜師物語 銀蜂の目覚め』(小林栗奈/産業編集センター)

 ファンタジー小説を面白いと感じるのは、別世界の話なのに「自分と関係がある」と思えるからではないだろうか? 現代人が抱える悩み、苦しみ、悲しみを、空想の世界が舞台だからこそ、浮き彫りにさせることができる。そのために、ファンタジー小説があるのだ。

 『利き蜜師物語 銀蜂の目覚め』(小林栗奈/産業編集センター)は、そういった意味で「傑作」と言える幻想小説だと思う。本作は仙道(せんどう)という若き「利き蜜師」が、幼い弟子の「まゆ」と共に、得体のしれない銀蜂や、奇妙な流行り病に立ち向かっていくというお話である。

 「利き蜜師」(ききみつし)とは蜂蜜の専門家であり、科学や占星術などの分野に優れながらも、「過去見」「未来見」といった魔術的能力を持った「術師」のこと。国家に認定された「利き蜜師」の地位は一流の科学者か、それ以上である。

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 そんな利き蜜師としての最高位にある「金のマスター」である仙道は、穏やかで聡明な青年だ。仙道は豊かな花場を持つ村・カガミノで、都会からやって来た少女のまゆを弟子とし、平穏な日々を送っていたが、村に迷い込んだ一匹の銀蜂によって事態は一変する。

 一方で、「トコネムリ」という過剰な睡眠をもたらたし、最終的に昏睡状態となり、人間を死に到らしめる奇病が世界を襲う。不吉な銀蜂と奇病の原因を探るべく動き出した仙道は、その糸口を掴むためにまゆを連れて遠く離れた場所に住む古い友人の元へ足を運ぶ。そこで弟子のまゆは、仙道の隠された秘密をハチミツを通して得られる「過去見」により、知ることになる。

 仙道と「学生時代の友人」だという年老いた男性・カスミは、同じく学友だったという女性のお墓を守っている。仙道と、老人のカスミ、そして今は亡き女性……蜂蜜を通して過去を見たまゆが辿り着いた仙道の悲しき記憶に、読者は驚き、彼をもっと好きになるだろう。

 キャラクターや物語の展開の魅力もさることながら、私が最も心に刺さったのは、「トコネムリ」という奇病が「奇抜な病」ではなく、現代人に通じる心の病のように感じたことだ。トコネムリは「エネルギーを体内に留めることができずに、心が病み痩せ衰え、やがて死んでしまう」という「虚無の病」。身体ではなく、精神が病んでしまう病気……。何か、現代に通ずるところはないだろうか。

 本作は語る。「世界は病んでいる。ただ生き抜くことですら、たやすいことではない」と。「虚無の病」に立ち向かう仙道とまゆの姿は、ファンタジーの世界にとどまらない、現実に立ち向かう勇気を与えてくれるように感じられた。

 

 蜂が舞い飛ぶ素朴で美しい自然描写と、豊かなキャラクターたちの織りなす傑作ファンタジーは、9月15日に発売予定だ。今まで空想小説に興味のなかった方にも、オススメしたい。

文=雨野裾