夫殺害事件、もらい子殺し事件…昭和の惨劇が蘇る…東京23区、あの場所の「本当の秘密」とは?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/13

『東京二十三区女』(長江俊和/幻冬舎)

 『東京二十三区女』(幻冬舎)―著者の長江俊和さんは、1966年生まれ。映像作家・小説家。深夜番組「放送禁止」(フジテレビ系)シリーズで熱狂的なファンを生み出した。内容は、「ある事情で放送禁止となったVTRを再編集し放送する」という設定の、“一見ドキュメンタリー番組だが実はフィクション”というフェイク・ドキュメンタリー。2014年には『出版禁止』(新潮社)を刊行し話題になった。ほか著書に『放送禁止』(KADOKAWA 角川書店)、『掲載禁止』(新潮社)などがある。

 本書では、板橋区の女/渋谷区の女/港区の女/江東区の女/品川区の女、と異なるエピソードから構成され、その地で起こった人々の戦慄の過去が掘り起こされる。

 たとえば、板橋区。マンモス団地・高島平団地など広大な住宅街が形成され、東京のベッドタウンという側面が強い。江戸時代は中山道の宿場がおかれ、江戸の出入り口として繁栄した。街道筋には強い効力で知られる「縁切榎」が祀られている。「板橋区の女」では、そこの絵馬にまつわる夫殺害事件、妻が過去に見た父母のもらい子殺しなど、昭和の惨劇の記憶が数十年ぶりに明らかとなる。

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 埼玉県と接する、東京最果ての区、板橋区…かつて自殺者が多発した団地・縁切榎・人々の怨念…。これだけでも、雑誌のオカルト企画にはぴったりに思えるが、現代を生きる登場人物で、主人公・原田璃々子が本当に求めているものではないという。そのわけは なぜか? とりあえずこの「板橋区」は、東京二十三区を取材する小旅行の始まりとなる。

 主人公・璃々子は雑誌のフリーライター。平成生まれで、昭和のことはあまりよく知らないという。東京二十三区のルポルタージュ企画を雑誌社に売り込もうとしている。そしてなにより霊感が極めて強い。人の心残り・怨念にはとくに敏感に反応する。

 もう一人登場するのは、璃々子の先輩・島野仁。頼んでもいないのに、なぜか璃々子の取材に同行。だが、大学の民俗学の講師だったこともあり、東京各所の歴史に精通。どこにいっても土地の成り立ちや人々の暮らしの移り変わりのうんちくが披露され、ただただ舌を巻く。誰かに教えたくなるような東京の地の知識がとにかく豊富だ。

 板橋区に続くのは「渋谷区」。渋谷の地下を縦横無尽に流れる暗渠で、ある人物に呼び出された男が遭遇した“この世ならざる”気配とは?

 「港区」でのエピソードに登場するのは、六本木ヒルズに住む男。深夜にタクシーで帰宅しようとするが、なぜかたどり着けず、運転手はあるものを目撃したと話し始める。「タクシー怪談」はどこまで本当なのか?

 「江東区」の埋立地・夢の島に、ある男と女が運び込んだものは、殺したはずの男の妻。心霊写真の相談に来た女性の親族に秘められた過去とは?

 「品川区」の貝塚で、交番勤務の巡査が殺人現場で遭遇した一人の女の姿があった。長い黒髪の女が探していたものとは? そもそも彼女は一体誰なのか。

 ふたりの東京二十三区取材小旅行は、東京各地の土地が持つ負の歴史、人々の過去をあぶりだす。その地にかつて起こった 戦慄のエピソードはあまりにおどろおどろしく、なぜか思わずページをめくる手がはやる。この人たちがどうなっていったのか? 気になってしようがなくなる。

 璃々子はなぜ東京二十三区をめぐるのか? 最終章の「品川区の女」で明かされるが、カンの良い人なら途中で気づくかもしれない。個別エピソードの最後に、東京に渦巻く怨念はやがて集まり、ある女に憑依する。それに気づいた人の運命は?

 それにしても島野って何者? と思ったら、璃々子の取材小旅行の目的もわかるかも。

文=塩谷郁子