「どうせ自分なんか」と思っている、すべての人が一歩前に進むために。自尊感情をとりもどすための一冊

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更新日:2017/3/21

 人が幸せになるために必要なもののひとつに、自己肯定感がある。もちろん肯定しすぎるのも問題だが、否定しながら生きるよりは、肯定したほうがきっといい。問題なのは、自己肯定感はわりと簡単に人から打ち砕かれてしまうけど、とりもどすには膨大な時間がかかるうえに、自分でとりもどすしかないってことじゃなかろうか。なんてことを思っていたとき手にとったのが『親に壊された心の治し方 「育ちの傷」を癒やす方法がわかる本』(藤木美奈子/講談社)。虐待された経験を克服する、だけでなく、自己肯定感をとりもどす手助けをしてくれる一冊だ。

 本書で例として登場する人々は、家族から言葉や身体的な暴力を振るわれたり、ともすれば血の繋がった肉親から性行為を強要されたり、読んでいるだけで苦しくなってしまうような経験をしてきた人たちが多い。自分が虐げられるのは、自分がダメだからだと思い込み、被害者であるはずの自分を責めて、あてのない努力をくりかえす。それでも報われない状況が、さらなる自己否定を生んでしまうという負の連鎖だ。だが読みながら、これは何も特別な事象なのではないと思った。誰かに傷つけられた、という経験は、生きていれば大なり小なりあるもの。その経験を乗り越えられずに抱えこめば、誰でも簡単にこの負の連鎖に陥ってしまうのだ。本書で紹介されるのは「いかに虐待が残酷か」ということだけではない。どんな苦しみを抱えた人でも、必ず苦しみの呪縛からは解放されるし、そのための方法を認知行動療法に基づき解説する一冊なのだ。

 思い込みや決めつけが病を生むことがある。過度にネガティブなそれを「認知のゆがみ」というが、本書ではその代表例をあげている。

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 たとえば物事について極端な結論をはやくもとめたがる「白黒思考」。グレーゾーンを持てない窮屈さが、苦しみを生む。少しダメなことがあるとすべてダメだと思い込む「過度の一般化」。ささいなミスで「この仕事に向いていない」など絶望したり、ちょっと冷たくされただけで「あの人に嫌われている」と決めつけたりしてしまう。「レッテル貼り」というのもある。「あいつはそういう人間だ」などと、少ない事実だけで断定してしまう人のことだ。どれも、誰にでも少しくらいはあてはまるものじゃないだろうか。たぶん、まるっきり他人事で済ませられる人など、ほとんどいないはずだ。

 先だって話題になったドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』でも、自尊感情の低さが話題となった。主人公・みくりが契約結婚を結んだ相手は、35歳童貞の平匡さん。京大卒で仕事もデキる、スペックは高いはずなのに、はげしく自尊感情が低いために、他人からの好意を受け止められず、ちょっとした行動で、勝手に相手の思惑を決めつけて、逃げ出してしまう。そんな彼の姿に共感する視聴者が続出した。『逃げ恥』のメインテーマは虐待ではないが、「認知のゆがみ」も「心の傷」も、誰にとっても他人事ではない。と同時に、どんな苦しみを抱えている人でも、ステップを踏めば等しく自尊感情はとりもどせるのだと本書は教えてくれるのだ。

 刑務所帰りのSさんが、完全なる絶望に陥ったとき、著者は「底つき体験」にかけた。「人は徹底的に懲りなければ、なかなか真剣に自分の更生に取り組めない」という教訓から生まれた言葉だ。つまり、どれだけ底に落ちたと思えるような場所からでも、人は立ち直ることができる。少しでも心の傷に苦しんでいる人がいたら、ぜひとも本書を読んで、一歩を踏み出す勇気にしてみてほしい。

文=立花もも