奇妙な大学助手の静かな日常を描く、騒がしい日常に苦しんでいる人には最高の作品

小説・エッセイ

更新日:2012/3/2

森博嗣 【短編】キシマ先生の静かな生活  The Silent World of Dr. Kishima

ハード : iPad 発売元 : Kodansha Ltd.
ジャンル: 購入元:AppStore
著者名: 価格:200円

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「一日中、たった一つの微分方程式を睨んでいた、あの素敵な時間は、どこへいったのだろう? キシマ先生と話した、あの壮大な、純粋な、綺麗な、解析モデルは、今は誰が考えているのだろうか?」

タイトル通り、大学助手であるキシマ先生を巡る短いストーリー。森博嗣の作品を読んだことがなかったので、短さと安さに魅かれて味見のような感覚で購入した。

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物語は大きな事件が起こることもなく、淡々と進行していくのだが、読後にはキシマ先生という奇妙な人物が頭から離れなくなる。

キシマ先生は午前零時に起床する。昼食を大学生協で食べた後は、午後の全てを睡眠にあてるのだ。

キシマ先生はある研究領域における世界的な第一人者である。世界中の雑誌に掲載されている論文に、彼の既発表論文が頻繁に引用されているほどだ。

キシマ先生は大学助手である。33歳という年齢であり、前述のように大変優秀な学者であるのにも関わらず。そのことについてキシマ先生は「気楽で良い」と感じている。

キシマ先生は大学院生に恐れられている。大学院生の研究発表に対して、容赦なく厳しい質問をぶつけるからだ。それも、飾り気のない言葉で、喧嘩をしているかのような言い方で。

キシマ先生の生活や生き方は、僕らの常識からは大きく外れている。真似をすることはなかなかできないだろう。しかし、自分の好きなことを静かに、真剣にやり続けるその姿には憧れる。キシマ先生のような「静かな生活」を送る自分の姿を想像してしまう。

特に大学卒業を目前に控えた僕は、自分の好きな学問だけに没頭できるこの場所の魅力を再認識した(今は普段真面目に講義を受けていないツケで、卒業のかかったテストに苦しめられているのだが…)。

忙しく、騒がしい日常に苦しんでいる人に、お勧めしたい作品である。

ここから始まる物語を予感させるような、静かなタイトルページ

キシマ先生との出会いから物語は始まる。表示文字サイズが大小の2パターンしかないところがやや残念