手練れの作家がお送りする猟奇犯罪実録読み物

小説・エッセイ

更新日:2012/1/16

親分お眠り 世界怪奇実話?

ハード : PC/iPhone/iPad/WindowsPhone/Android 発売元 : インタープレイ
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:eBookJapan
著者名:牧逸馬 価格:648円

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丹下左膳を知らない人はいないと思う。片腕片眼の剣豪ヒーローが活躍するハードボイルドタッチの時代劇は、大河内伝次郎や中村錦之助や大友柳太朗や、それから最近では豊川悦司に中村獅子童が映画で演じたのを見てなくとも、だいたいどういう人物なのかイメージはすり込まれているのではあるまいか。

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そんな、日本を代表するといっていいくらいの時代劇ヒーローを生み出したのは、大正から昭和にかけて活躍した大衆小説作家・林不亡である。この人35歳で持病のぜんそくのため急死するのであるが、鎌倉に数千坪の敷地をもって豪邸で暮らしていたほどの大流行作家だった。なんでこんな話を延々しているのか? 

実は、林不亡は本書の著者やはりベストセラー作家の牧逸馬でもあるのである。林不亡の名で流行小説を、牧逸馬の名で数々の実録犯罪小説を量産しつづけた。

どころか彼にはもう一つの名前・谷譲次があり、アメリカでの体験記「めりけん・じゃっぷ」シリーズも大当たりをとっていたのだ。こんな才人は我々に近い人でたとえれば、さしずめ山田風太郎ってことになるのじゃなかろうか。名前こそ一つとはいえ、風太郎は無類の破天荒ぶりで忍法帖をはじめとした時代ものを書き、痛快無比の明治ものを書き、玄人好みするミステリーを書いたではないか。牧逸馬は、山田に負けず面白い、これが私見である。

さてそんな「三人羽織作家」牧逸馬の「世界怪奇実話」シリーズは、怪奇というより今でいうなら猟奇実話を集めた実録犯罪ものだ。本書には、女中づとめの少女を誘い出しては深い森の中で強姦しては殺害し埋めた、フランスの連続犯を描いた「モンルアルの狼」や、その部屋に泊まった客は必ず自殺するという奇怪なアムステルダムのホテルを扱った「ロウモン街の自殺ホテル」などのエピソードも収めるが、概して女性殺人鬼の物語が多いのが特徴的だ。

なのだが、タイトルになっている「親分お眠り」が最高にお薦めの一章なんである。20~30年代のニューヨークに対立した二大ギャングをめぐる捜査線をあつかったこの文章の冒頭は、こんな具合に始まる。

「おい、きょうからお前(めえ)さんに、ドロッパアとオウギイの大喧嘩(おおでいり)をあつかってもらおうじゃあねえか。」
ニューヨークの警部(だんな)は、まあ、日本語でいえば、ちょいと、こういった口のききかたをするんだ。

「かまうこたあねえから、親分衆にばっさり網を打ちねえ。雑魚あいっしょについてくらあな。」
粋なのである。

超した戯作調の文体は、先刻「丹下左膳」で手の内のものである。崩れてバカバカしくなりすぎず、調子はよく、日本語の鮮やかさをたもったまま、異国という別世界のリアリティを醸し出して、実に読んでいて楽しい。牧逸馬全巻読んでごらん遊ばせ。

女性殺人鬼たちの列伝 時代のついた口絵写真がかえってリアル

このオバサン怖すぎ

目次のあらましはこんな具合

ロサンジェルスに死体を詰めたトランクが鉄道で届いた

死体は無惨に切り刻まれていたのだ (C)牧逸馬/インタープレイ