「生産性のない人間は無価値」自己否定の“沼”にハマった漫画家志望が耳かき専門店で働いた結果【漫画家インタビュー】

マンガ

公開日:2025/1/16

漫画を読んだ母からの謝罪のメッセージ

 第7話は森民さんが周囲と比べて指名客を得られないでいたことに気を病み、耳かき店を辞めた方がいいのではと思い悩む。そして、第8話で森民さんがどんな家族の中で育ってきたのかが語られている。母を見下し、すぐに恫喝する父。そして母からの過度な期待を受け、心を閉ざしてしまった兄。喧嘩の声が家に響き、怯える妹……。こうしたエピソードは実際にあったことなのだろうか?

「本当にあったことです。学生時代の兄は本当に大変で。部屋に引きこもって罵声を上げながらゲームに没頭していました。兄の暴言が家のどこにいても聞こえるんです。それをやめてって言っても暴言が返ってくるだけで何も改善せず、本当にストレスでした。父から母、母から兄、兄から私へとより下の立場へとストレスが発散されていて、負の連鎖があることを子供ながらに感じていました。私から妹にその矛先が向かいそうになったこともあったんですが、そうなったらこの家族は終わると思いとどまり、妹には絶対優しくしようと思っていました。なので、妹とはずっと仲は良いですね。でも、私が我慢すれば喧嘩にならない、喧嘩をしたくないって思う人生だったので、ずっと両親に対しての怒りやモヤモヤは抱えて生活していました」

 思いが強いエピソードゆえに、執筆は苦しいものだったという。

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「思い出したくない、でも思い出さなきゃ描けないって泣きながら描いていました。我慢を重ねてきたことを親は知らないだろうから、それを急に漫画にして親が読んだら、私は嫌われてしまうんじゃないかとか考えましたね。でも、私のほうがずっとずっと親に対してネガティブな気持ちを持っていたんだから、嫌われちゃってもいいやって開き直るような気持ちもあって。いろいろな感情が渦巻いて、本当に辛かったです」

 作中で、家族間で何があったのかを赤裸々に描いている森民さん。このことを家族はご存知なのだろうか?

「家族のグループLINEに、連載が始まって最初のうちは漫画のURLを送っていたんです。ただ、それをずっと続けていると感想を催促する嫌なお姉ちゃんかな、と思って。それで、ここからは読みたい人だけ読んで欲しいとメッセージを送ったらそこからピタッと感想がこなくなりました(笑)。ちょうどそれが機能不全家族について描いたエピソードの少し前のことです。なので、父、兄、妹が読んだかはわかりません」

 しかし、母からは第8話の公開後に「読んで泣いてしまった」とメッセージがきたという。

「『自分のことが嫌になった。私の人生の中では一番ひどかったのはほんの数年の出来事で、ただただなりふり構わず一生懸命に生きていただけだったけど、つかさは子供で、一番心が繊細な時期にあんなふうになってしまって、傷を負わせていたって知らなくってごめんね』と連絡があって。私も泣きそうになりました」

 機能不全家族のエピソードに対しては、家族以外からも印象的な反応があったという。

「漫画を読んでくれている仲の良い友達から『実は私も子供の頃に親から言われたことでずっと傷ついていたんだけど、胸に秘めていた。でも、そのせいで恋愛とかに支障が出るようになっちゃった』というような話をされました。友達には『つかさの両親も優しくていい人っていうイメージしかなかったから、こんなことがあったなんて知らなかった。どんな家にも何かしらあるんだね』とも言われて、自分だけじゃなかったんだと知ることができたのもあって、描いて良かったなって思えました。親に傷つけられた過去があっても『親のことが嫌いなんですね』とか『あなたの親って最低ですね』って言われるのも違うと思います。そこには、さまざまな感情が複雑に絡み合っていますし、何十年もの積み重ねの中にいいことも悪いこともあるから、簡単に語れることじゃないです。だからみんな表に出していないだけなのかもしれませんね」

自らの“生産性”に悩む人々。どうやったら自分に「そんなことないよ」と言えるのか

 作中では機能不全家族という言葉を先輩スタッフから教わった描写があるが、実際は森民さん自身が機能不全家族について書籍などから学びを得ることで、自分の家族と考え方の歪みを知っていったという。

「本に書いてあったことなんですが、人間って完璧ではなくていいところも悪いところもあるから人に好かれるし、欠点を補え合えるし、魅力的。純粋な好奇心や目標に向かってのポジティブな頑張りは本人の気持ちに余裕があって健康的だし、結果的に人に喜んでもらえるとも書いてあって、そこで自分の歪みに気づかされました。私はずっとネガティブ方向で頑張ってしまっていた。稼がなければ、生産的なことをしなければ無価値だって思い込んでしまっていた。子供のころ喘息持ちだったこともあって、学校を休むことも少なくなかったんですが、父が非常に否定的で『は?将来大丈夫なわけ?』みたいな調子だったんですね。レールから外れることをひどく咎められました。こうした刷り込みが“生産的なことをすること=自分の価値”と考える土壌になったんじゃないかと思います。また、“生産的なことをすること=自分の価値”という考えを持つ人の多さを耳かき店の接客を通じて感じましたね。例えば、上司からのパワハラで心を病んでしまって休職をされているというお客様が『休職手当をもらっていて何も仕事をしていない自分は無価値だと思えてしまって、鬱から回復できない』と話されることもありました」

 第17話では自衛隊所属の客が、ネット上の誹謗中傷や友人との会話で「自分は社会的に生産性のない人間になっているんじゃないか」と思い悩む姿が描かれている。

 それに対し、森民さんは「もし友人が同じようなことで悩んでいたら…『そんなことないよ』って言ってあげるのに、皆さん自分に対しては言ってあげられなくて厳しい言葉ばかり採用して投げかけてしまいがち…なんですかねぇ……」と返す。

 森民さん自身も「ご自愛って…私…自分もできていないくせに……」と思案しており、彼女自身もどうやって自分に「そんなことないよ」と言えるようになれるかは人生の課題とも言える状態だ。自分にどうやって優しくするのか。そこに答えが出せたときに、本当に自己否定の“沼”から抜け出せるのだろう。作中の森民さんがどのようにその術を見つけていくのか。その行く末から目が離せない。

取材・文=西連寺くらら

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