待望の妊娠、お腹に宿った赤ちゃんは染色体異常でした。死産を選んだ母が小さな命と向き合った記録【書評】
公開日:2025/3/30

妊娠しづらい体質でありながらも、ようやくお腹の中に宿ってくれた赤ちゃん。しかしその赤ちゃんが健康には生きられない身体だと知った時、あなたならどうする?
『わたしが選んだ死産の話』(桜木きぬ)は、そんな究極の選択に正面から向き合い、葛藤の末に死産を選んだ女性の苦しみ、辛さ、そして命の尊さを臨場感たっぷりに描いたコミックエッセイだ。
本作は、著者である桜木きぬ氏が自身の死産の経験をもとに描いている。当時32歳だった著者は、5歳の息子・ウタくんと、33歳の夫・アキラさんとの3人家族。
夫婦で2人目の子どもを考え始めて早数年。なかなか念願の妊娠まで辿り着かずやきもきしていたが、そんな中ようやく待望の妊娠が発覚する。
しかし月日が経つ中で、お腹の赤ちゃんが染色体異常であることが判明。
万が一奇跡的に生まれてきても、重篤な障害があったり、長く生きることもおそらく難しい赤ちゃんだった。葛藤の末、著者はその子の死産を選ぶ。選択までの自身の懊悩や身辺の過程を、ありのままに描いている。
現代の医療技術は非常に高度に発達したため、過去に比べれば妊娠・出産はより安心なものとなっている。だがそれでも、母子ともに健康で無事なケースばかりではない。
今の時代の医療技術をもってしても、どうにもならないことがある。それが人間という生き物の難しく奥深い所でもある。
ずっと妊娠を望まれていた第二子・フウちゃん。
だがそれは、無事に生まれることすら保証されない、ロウソクの灯のような儚い命だった。
この子の将来、自身の身体の安全、そして長男の幸せ。すべてを天秤にかけて、死産を選んだ。そんな著者の母としての選択を、一体誰が責められるだろうか。
命が生まれること。ひいては生まれた後の命が、立派に成長して大人になること。
そんな人間の生にまつわる何もかもが当たり前のことではないと、自身の死産の経験を通して、著者は我々に教えてくれる。
本作では、死産を経たあとの息子とのやりとりや、夫が著者に対してどのように接していたかも描かれる。そのどれもが温かく、家族の絆を感じられるはずだ。
すでにこの世の命ではなくとも、生きている人間と同様に、著者をはじめ大勢の人々にさまざまな想いを遺してくれた。そんなフウちゃんの存在に想いを馳せ、人が生きるということ、命の煌めきの尊さを、本作を通してぜひ感じてほしい。
文=ネゴト / 曽我美なつめ