野田サトル 『ゴールデンカムイ』最終回は半年前から決まっていた。初期プロットや単行本加筆を生んだ“編集者との語らい”【野田サトル×担当編集 大熊八甲インタビュー 前編】
更新日:2025/3/4

漫画家・野田サトルさんは『ゴールデンカムイ』完結後、高校生アイスホッケーを描く『ドッグスレッド』の連載を「週刊ヤングジャンプ」でスタートした。本作は連載デビュー作である『スピナマラダ!』のキャラクター設定やストーリー展開の多くを引き継いだリブート作となっている。
『スピナマラダ!』『ゴールデンカムイ』『ドッグスレッド』と、野田サトルさんの全連載作を担当する編集者が、集英社の「週刊ヤングジャンプ」編集部・大熊八甲さんだ。野田サトルさんと大熊さんは15年近く、ともに作品を作り上げてきた。
作家と編集者の関係に迫るダ・ヴィンチWebの新連載「編集者と私」。第1回はこのお二人にご登場いただいた。前半は、新人漫画家時代の出会いから『ゴールデンカムイ』ヒットの裏側までを聞いた。
編集部デスクで偶然の出会い
――本日はよろしくお願いいたします。漫画家と編集者の関係について伺う企画ということで、まずお二人の出会いを教えていただけますか。
野田サトルさん(以下、野田):2010年頃、他誌の担当編集さんとアイスホッケー漫画のネームをこねくり回していたのですが、何年経っても連載会議が通らなかったんですよ。そこで「何か転機になるかも」とアシスタント先の国友先生(編集部注:国友やすゆき先生)の紹介で「ヤングジャンプ」に持ち込みに行って、出会ったのが新人編集者だった大熊さんでした。
大熊八甲さん(以下、大熊):野田先生が編集部に持ち込みにいらしたとき、ちょうど僕がデスクに座っていたんです。先輩編集に「ちょっと君、ネーム見てみてよ」と呼ばれて(笑)。
――偶然だったわけですね。
大熊:そうですね。「才能は若手が受け取るべき」というジャンプイズムみたいなものが編集部にあって、若手の編集者は作家さんと出会うチャンスが多かったので。
――当初、野田さんは大熊さんにどんな印象を持ちましたか?
野田:年下の編集さんは初めてでしたけど、頭が良くて勉強家で働き者なのはすぐにわかりました。弁が立つというか理路整然と話すので「うわ、頭いいなこの人」って。あと「ウチで連載させます!」とすぐ言ってもらえたんですよね。
――大熊さんはネームを見て、すぐに「これはいける」と判断したわけですね。
大熊:『スピナマラダ!』1巻分ぐらいのネームを拝見したんですが、おおよそ新人作家らしからぬ漫画力の高さだと思いました。構成力もユーモアもあって、背景も緻密、言葉も切れて、取材力もある。天からの授かりもの、凄い方だと思いました。
――それでも他社さんでは何年も通らなかった。
大熊:その判断も理解らなくもないんです。読者さんの付いていない新人作家さんが、日本ではまだ競技人口の控えめなアイスホッケーを描くというのは、ビジネスとしてのリスクも確かにありますから。
野田:でも『スピナマラダ!』も結果的に打ち切りになったので、どっちの判断が正しかったのかわからないですけどね。
大熊:僕はキャラクターが本当に魅力的であれば、十分に鉱脈があると当初から思っていました。

新人時代から投資感覚で資料を買い集める
――そもそも、何年もネームが通らなくても描き続けるほどアイスホッケー漫画にこだわった理由は何だったのでしょうか?
野田:僕は校庭にスケートリンクがあるような土地で過ごしたので、身近な存在として「いつか描いてみたい」という想いは漠然とありました。その後、上京して東伏見という駅の近くに住んだのですが、偶然、有名なスケートリンクのある関東アイスホッケーの中心地でした。これは「アイスホッケー漫画を描け」というサインなんだなと感じたんです。
――東伏見のアイスホッケー場に見に行ったりもしていたわけですか?
野田:そうですね。そこで撮った写真は資料になりますし「駅前に行けばいつでも取材ができる」という感覚でした。そういった運命的なこともあったし、意固地になってしまったんですよね。「これで絶対に売れてやる」って。普通は一年で諦めて違う作品描くんでしょうけど。
――野田さんといえば、『ゴールデンカムイ』でアイヌの工芸家に資料作成を依頼するなど、現物と接することを大切にしている印象があります。こうしたやり方を新人の頃から行っていたのはなぜでしょうか?
野田:それは単純に、資料があったほうが効率がいいからですね。例えばアシスタントさんに写真1枚の資料から「ヘルメットをこの写真とは別角度で描いて」と指示したら半日かかりますが、実物が手元にあれば1時間で描いてもらえます。アシスタントさんも時給なので、どこに投資するのが合理的か考えた結果です。
大熊:『スピナマラダ!』連載当時、一度だけお仕事場を拝見しましたけど、アイスホッケー用具がゴロゴロ転がっていて「本当にこれご自身で集めたの…?」と驚きましたよ。
――以前のインタビューでは「資料を買い過ぎてお金がなかった」とも仰っていました。
野田:はい、その通りです(笑)。まあ、投資みたいな感覚ですよね。良いものを描けば単行本の売り上げとして戻ってくると信じて。ケチって後悔しないように。