ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、古賀及子『好きな食べ物がみつからない』
更新日:2025/2/6
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年3月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
(写真=首藤幹夫)
古賀及子『好きな食べ物がみつからない』

ポプラ社 1760円(税込)
●あらすじ●
「好きな食べ物はたくさんある、でも、聞かれて答えるベストな『好きな食べ物』がみつからないまま、私の人生の河は長らく流れてきた」。チーズケーキにオムライス、はたまたこんぶ飴まで。自らの歴史や他人からの承認……さまざまな角度から食べ物を見つめ、周囲に語れる「好きな食べ物」を探し出す。食べ物を通して自分と出会いなおす、新感覚自分観察冒険エッセイ
こが・ちかこ●1979年、東京都生まれ。ライター、エッセイスト。Webでの日記連載を書籍化したエッセイ集『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』が、「本の雑誌」が選ぶ2023年上半期ベスト第2位に選出。他の著書に『おくれ毛で風を切れ』、『気づいたこと、気づかないままのこと』がある。
【編集部寸評】

考えるほどに己を覆う虚像が暴かれる
カレーが好きだ。食べ歩くし、家でも作るから、自負があった。が、本書を読み進めると揺らいでくる。ふと娘に好物を尋ねると「魚の目玉」と言う。率直な答えに敗北を覚える。何故だろう。私は食いしん坊だと認識している。食いしん坊=カレー好き。つまり思考を止め、虚像に縋っていたのだ。じゃあ本当に好きな食べ物は―と自問してしまう魅力が、本書に詰まっている。普遍的なテーマに油断して、虚を衝かれた形だ。知っているようで知らない自分をみつける楽しみが、人生に増えた。
似田貝大介 本誌編集長。母は私の好物をアップデートしません。否定するほどの理由もないので、現在でも「モンブラン好き」という役回りを演じています。

つまりこれは愛の話
食に対して興味が薄い私は正直「何だっていいやろ」と思いつつ読み始めた。すると1頁目に突然「つまりこれはいかんともしがたく愛の話なんだろう」という一文が詩のように置かれていてたじろぐ。しかし読み終えて、確かにこれは、いかんともしがたい愛の話であった。オンリーワンを選ぶことは選ばないものを決めること。性格的に選ばれなかったこんぶ飴や安いドーナツなどに自らを重ねてしまい、それらに対する古賀さんの真摯な態度に落涙。過酷で複雑で優しい、愛の話である。
西條弓子 猫マンガ特集を担当するも猫を飼ったことがない。ずっと飼いたいのだが愛しすぎてしまいそうでこわい。でも今年こそは。まずは物件探しから……。

年始に自分を見つめ直す
好きなものは好き、では終わらない。どうして好きなのかと訊かれたら理由やエピソードが答えられるか。好きだと主張する自分は他人からどう見えるか。好きだと言うことでいつもの風景の見え方がどう変わるか。あらゆる角度から全力で模索していく著者の軽快な語り口を追いかけるうちに、思わぬところへと連れていかれた。ものすごくシンプルな質問を通して、世界にどう自分を位置づけたいのかを問いかける、この展開にぐっとくる。私がずっと公言している好きな食べ物は、たこです。
三村遼子 たこ好きは覚えやすいらしく、メニューにあると勧めてくれる方が多いのですが、一言だけ。歯ごたえが好きなので、煮だこはそうでもないんです。

想い出と直結する食
昼ご飯を食べたかと思えば、夜ご飯に何を食べようかと考えてしまうタイプだが、『好きな食べ物は?』という問いには無頓着だった。著者が好きな食べ物と向き合い、あらゆる角度から熟考し続ける4カ月間を辿っていくと、青春時代の記憶や家族と光景が次から次に蘇り、あらゆる想い出に直結しているのが、食なんだと実感する。本書をお供に食べ物との記憶を丁寧に掘り起こせば、忘れていた自分や新鮮な感情と出会えるはず。そして、これからどんな食べ物と出合うのか楽しみだ。
久保田朝子 あんこ餅好きとしては、著者にひたすら共感していました。本書に掲載されている『食のプロフィール帳』、ぜひ書き込んで食分析してみたいです。

好きな食べ物をめぐる旅
好きな食べ物を探し続ける著者の旅は4カ月にもわたる。サンリオのキャラクターの好きな食べ物を分析したり、高級なアボカドを食してみたり、チーズケーキを求めて名店へ足を運んでは、おはぎを食べるため宮城まで遠征したり……。いくつもの食べ物を逡巡し、そしてたどり着く「好きな食べ物はなんですか?」という問いとは何か。その答えに、思わず「なるほど」と言葉がこぼれた。長き旅の果てに、著者は好きな食べ物を見つけられるのか。ぜひ本書で確かめてみてほしい。
前田 萌 自動調理器を導入しました。材料を入れて放っておくだけでご飯ができるなんて。しかも美味しい。自炊頻度が上がると良いなと思います。

好きな食べ物と自意識の密接な関係!?
著者の友人であるマユコさんの話が印象的だ。 『ユコって呼んでください』と自身が呼ばれたい愛称を発表し、それを別の友人が「上手にセルフプロデュースしてるよね」と言う。著者はふと気づく。好きな食べ物を答えることもまた、セルフプロデュースなのではないか。“好きな食べ物”を通して“見られたい自分”があるのでは……? 本作では食べて、考えて、迷って、を繰り返す著者と“食べ物と自意識”を巡る旅を楽しめる。好きな食べ物について一緒に考えたくなる一冊だ。
笹渕りり子 私も好きな食べ物でセルフプロデュースをしている節がある。垢ぬけきっていない、しかしなんだか愛らしい。私の好きな食べ物はポテトです。

「好きな食べ物はなんですか?」
という問いの答えを探す、4カ月にわたる著者の旅路。小学校の自己紹介で答えたあれ、人から「これ好きだったよね?」と言われるあれ、フードコートを見渡すと見つかる大好きなあれ……強い共感と、思いのほか鋭く深い考察に思わず膝を打つ。友人とのお喋りに興じているような心地よいテンポの語りにページが進む進む。時折登場する子供たちの好きな食べ物論は目から鱗。このワンテーマがここまで面白いとは……圧巻でした。本作にならって私も決めました。好きな食べ物は餃子です。
三条 凪 猫マンガ特集を担当。マンガ家の皆さまの愛猫エピソードに頬が緩みっぱなし。うちの猫もかわいく描きたい!と特集で教わった猫の描き方を実践中。

餃子か漬物か、それとも蕎麦か
「好きな●●」に正解が存在するわけがない。だが、個人の「好き」で周囲との関係を意識してしまうのも悔しいが、私に求められている正解があるような気がしてしまう。「食」という誰しもが共感できる基本的な営みを通し、人間関係における自分の立ち位置を俯瞰する。そこに至る道のりはまるで自分だけのミステリーや歴史小説を読んでいるかのようで思わず胸が高鳴る。好きな食べ物が即答できる人も、できない人も、まだまだ知られざる自分の「好き」という謎を解明してほしい。
重松実歩 好きなものの言語化は苦手ですが、「嫌いなもの」は割とどんなジャンルでも即答できるような。これって自分がひねくれている証拠なのでしょうか。