無職の女性が謎の青年との出会いをきっかけに奏ではじめる、新しい人生。美味しくてちょっと不思議なグルーヴィン・ラブコメディ『バードランドの皿』

マンガ

PR 公開日:2025/3/25

バードランドの皿勝田文/集英社

タバダバウィッピピッピアー

 三大女性ジャズヴォーカリストの一人と言われる、サラ・ヴォーンのスキャットから始まる勝田文氏の最新コミック『バードランドの皿』(集英社)は少し不思議で美味しい恋の物語だ。

 主人公は女性料理人・大森サラ。楽しそうに料理を作り、食べ、酒を飲み、歌い、踊り、笑う。見ていると楽しくなってくるキャラクターだ。

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 サラはコックのアルバイトで働いていた洋食店の閉店で仕事を失い、そして唯一の「家族」も失って喪失感に苛まれる中、謎の青年・アキオが現れる。

無職の女性と住所不定の青年が始めるケータリングサービス

 高校生の頃から8年間、独り暮らしをしてきたサラは、祖父が自動車の整備をやっていた大きなガレージ付きの家に住んでいた。家族と呼べるのは愛犬のマーロンだけ。そんな彼女が職と家族をまとめて失った日、長身で長髪の怪しい男・アキオと知り合う。気持ちが落ち着いたサラは料理を振る舞って彼と献杯し、気持ちよく歌う。曲は自分の名と同じサラ・ヴォーンの「バードランドの子守唄」だ。

 ふたりは食事と歌を楽しみ、サラはいつしか自家用車のクラシックなセリカの車内へ。すると彼女の前に、サラが物心つかない頃にいなくなった父親の生き霊が出現した。父親は愛車の中に1日3分間だけ現れるようになる。アキオには見えないものの、この生き霊の話を信じてくれた。アキオは、実家は金持ちだが家族とわかりあえず家を出たという。サラの家を“秘密基地”のようだと言って気に入り、そのまま居つくようになる。

 不思議な男と不思議な状況。そんな中、アキオは無職のサラにケータリングの仕事を提案する。費用と営業はアキオが担当し、サラが料理を作るのだ。かくしてガレージに「バードランドの皿」と書いた看板が置かれ、物語は踊り出す。

 本作は、家族と精神的にも物理的にも距離が遠くなった男女が、自分と互いの家族に、料理と食事を通してゆっくり向き合っていくストーリーだ。作中でサラの料理を食べた登場人物たちは、皆自分の気持ちを正直に話すようになっていく。気持ちはお腹から温まっていくのかもしれない。家族持ちの私も、できるだけ家族で食卓を囲みたいと考えている。真面目な話でも、特別畏まってするよりも気楽に飲み食いをしながらの方が、気持ちがほぐれて話がしやすいと感じるからだ。

 サラとアキオの話に戻ると、同居して食事を共にするふたりは、コ・ワーカー(仕事仲間)以上に距離が近くなっていく。

自由なふたりの踊るような恋物語

 本作のキャッチコピーは「グルーヴィン・ラブコメディ」。グルーヴィンは音楽に合わせてリズミカルに体を動かす、踊る、という意味だ。寂しさや理不尽さを抱えて人生を歩むサラとアキオは、シリアスでいまいちな状況でも食事や音楽を楽しむ前向きさがある。ほぼ似た者同士であるように見える彼らは、人生を踊るように楽しみ、その延長線上に恋が生まれ、育まれていく。

 ただ、作中で繰り返し出てくる「バードランドの子守唄」には「二羽のキジバトは魔法のような愛の音色を奏でて飛んでいく」という歌詞がある。サラとアキオの甘いラブストーリーには確かにときめくし、羨ましく感じるのだが、私は本作の魅力は鳥のように自由に生きているふたりの眩しさだと思う。

 また「バードランドの子守唄」以外にも「チーク・トゥ・チーク」「シャドウ・オブ・ユア・スマイル」といった名曲が、作中で歌われ演奏されるのも注目してほしい。これらを聞きながら読むのもおすすめだ。

 偶然か必然か、自由なサラとアキオが出会い、さらに生き霊という少し不思議な要素がプラスされて展開する物語。この先、ふたりがどのように踊り、進んでいくのか。料理と酒、そして音楽を用意してじっくり楽しみたい作品だ。

文=古林恭

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