“彼女”より、妻子持ちだとわかって付き合うセフレが最強? ほんのりイタい、でも身に覚えもある…男女の本音を垣間見る『トーキョーカモフラージュアワー』【書評】
公開日:2025/2/18

「下馬に住めば、ぎり中目黒住みって言えますよ」という、なんともいろんな人を敵にまわしそうなセリフで幕開けしたドラマ『トーキョーカモフラージュアワー』が2025年の1月からテレビ朝日系で放送中だ。芸人のヒコロヒーが初めて連ドラ脚本を手がけたとして話題の本作。山形から上京してきた男が、言葉巧みな不動産屋に乗せられ、下馬にマンションを借りて新生活。新しい職場の上司に連れられて、金曜夜にナンパ目的でバーへ。しかしお目当ての女性客はバーの店員にゾッコンで……。東京で暮らしていれば、一度は目にしたことがあるような男女たちの人間模様を覗き見しているような気持ちになる作品だ。
原作は松本千秋氏による同タイトルの漫画『トーキョーカモフラージュアワー』(少年画報社)だ。職種や年齢、育ち、性格、恋愛観などさまざまな男女の恋愛や友情がオムニバス形式で描かれている。1話のなかで複数のキャラクターたちが交差していくような構成になっていたドラマと違い、漫画では1話ごとに登場人物が切り替わっていく。

男女の「本音」が多々描かれる作品だが、いわゆる「男ってバカね」みたいな一辺倒な表現には収まらず、割り切れない感情や複雑に絡み合う思惑、些細なすれ違いのなかで重ねられていく関係性など、読めば読むほど人間性が浮き彫りになって面白い。読んでいて「この男だるいなー! この子も絶対無理って思ってるでしょ」と思っていたら、女の子は満更でもなさそうだったり……。ちょっとした、予想を裏切るような展開も心地よい。

作中の、あまりにも生々しすぎる心の声たちに、思わずドキッとしてしまうのは私だけではないだろう。一度は味わったことがある感情が、至る所にちりばめられていて、自分の恥ずかしかった過去とか、現在進行形でイタいところとか、そういう部分をチクチク刺されているような感覚になる。自分の隠しておきたかった心のうちを暴かれたような気持ちになる。決してそれは嬉しいことではないはずなのに、気がつけば面白がってページをめくっている。この感情はなんなのだろう。

いわゆる「鼻につく」ような人たちが多く登場するわけだが、どこか憎めない。それはきっと、上記のような、彼らの中に自分の一部分を見つけてしまうからだろう。大の大人が素直になれないままモダモダしているのを見るのはもどかしいものだが、でも、それでいいんだ、そういう人間も面白い、と受け入れてしまうような空気をひしひしと感じるのは、さまざまな地域から人が集まり、さまざまな価値観を内包している東京が舞台となっていることも理由かもしれない。
ちなみに私が特に好きなエピソードは、なんでも話してもらえるセフレとして優越感に浸っていた女性の話だ。

奥さんとは冷え切っていて、“彼女”には既婚であることを隠している。一方で、セフレの私は妻子持ちであることはわかった上で関係がうまく続いている、だから自分が最強、という理論。はたから見れば、彼女こそ「都合よく」扱われている不憫な女性なのだが、自分は婚姻とか体目当てとかではなく、人間性で気に入られていると思ってしまっている。なんかこの、自分は恋愛ではなくて、人間そのものを評価されている、みたいな感情がすごく生々しく、女である筆者は過去に同じような感情を味わったことがあるので余計にクるものがあった。
という感じで、この作品には、きっと多くの人が「あ、これ過去の私だ」と深く刺さるエピソードがあるのではないか。ドラマで気になった人は、ぜひ原作も読んでほしい。きっと作者の引き出しの多さに驚くだろうし、どこかで深く共感できるシーンがあるはずだ。ちょっとイタい過去がある人ほど面白く読める漫画だと思う。
文=園田もなか