営業部の王子様と無口な同僚。真逆のふたりの共通の悩みを猫が癒す『黒根さんはニャーと鳴かない』【書評】
PR 公開日:2025/2/21

漫画『黒根さんはニャーと鳴かない』(乙川灯/講談社)の序盤を読み、オフィスドラマのように感じた読者もいるのではないだろうか。しかし読み進めているうちに、実際には孤独や人間関係の距離感といった奥深いテーマを内包していることがわかる。作者は、実は不器用な性格の主人公・北大路衛(きたおおじまもる)と、黒根さんに優しい視線をそそぐ。加えて、猫という人と一定の距離をとる動物が登場することで、孤独と共存する方法を示している。
対照的な立場のふたりが関係を深めていく作品は多い。本作は職場で同僚のふたり、社交的で「営業部の王子様」と呼ばれる北大路衛と、無口で社内で浮いた存在となっている総務部の黒根さんが猫を介して距離を近づけていくのだが、ラブコメディとレッテルを貼ることはできない。
ある日、北大路は公園で猫とたわむれる黒根さんを目にする。ふだん無愛想で、同僚とのコミュニケーションを避けているように見える黒根さんは、別人のように明るい表情を浮かべていた。北大路が来て驚愕する黒根さん。彼らはお互いが職場で無理をしていることを知る。
本作の魅力のひとつは、黒根さんの描写にある。黒根さんは、一見冷たく感じるが、実際は人との関わり方がわからず、孤立してしまうタイプである。多くの人は、一度はそのような経験をしたのではないだろうか。私も、今は周囲から「陽キャ」と呼ばれるが、中高時代に友だちのグループに入れず「ひとりぼっちだな」と感じたことがある。その経験が、いつも孤独な黒根さんと重なった。ただ、転機は訪れる。彼女にとってそれは猫との出会いだった。猫と一緒にいる場所は、彼女の居場所であり、人はどこかで自分の居場所を見つけられるということをも表している。黒根さんの居場所は、だんだんと北大路の居場所にもなっていった。
黒根さんと北大路は真逆に見えて、他人と深い関係性を築くのに慣れていないという点では同じだった。彼女とのやりとりを通して、彼は徐々に黒根さんに惹かれていく。それは黒根さんもそうだった。しかし、この物語は単に「孤立した人物を救う話」ではない。双方が影響を与え合い、変化する過程を描いている。
私は猫を飼ったことがない。そのため、猫が持つ癒しの力や、彼らとの関係が新鮮に感じた。猫は人間のように言葉を発することはない。とはいえ仕草や態度から感情を読み取ることができる。猫が持つ、他者と近づきすぎない「距離感」。それは、黒根さんと北大路が会社で働くとき、大切にしなければならないものであった。他者との関わりがうまくいかない黒根さんと、逆に関わりすぎてそれが負担になる北大路は、猫と人間の距離を見て、何か感じるものがあったのではないだろうか。
人と人との距離。近づきすぎず、遠すぎない。このバランスを取るのは難しい。特に、職場での人間関係はストレスになりやすい傾向があり、「無理に打ち解けるのではなく、自分なりの関わり方を見つけること」を求められる。本作の根底には、そうした考え方がある。
本作は、単なるラブコメやヒューマンドラマにとどまらない。人と人との距離、孤独の受け入れ方、そして猫という生き物の魅力を巧みに織り交ぜた作品である。特に、職場で孤立しがちな人や、猫に興味があるが飼ったことがない人は、新たな視点に気づかされるだろう。私自身も、本作を通じて「孤独は悪いものではなく、それをどう受け入れるかが大切なのだ」と再認識させられた。
読後には温かい余韻が残り、北大路と黒根さんがこれからどうなるのか気になって仕方のない読者も多いだろう。人間関係に悩んでいる人たちに、一度手にとってほしい漫画である。
文=若林理央