「認知症の母の介護でつらい時期、救ってくれたのは『悪役令嬢』でした」――おじさん×悪役令嬢で話題のアニメ『悪役令嬢転生おじさん』。原作者・上山道郎インタビュー
更新日:2025/2/20
認知症になった母の介護。つらい時期を救ってくれた「悪役令嬢もの」
――これだけ凄まじいアニメ化ですから、すでによく知られた作品ではありますけれども、このアニメをきっかけに原作に初めて触れていく方も多そうです。少し時系列を戻させていただいて、改めてこの作品が生まれたきっかけをうかがってもよろしいでしょうか。

上山 単行本の1巻の後書き漫画にも描いたのですが、『ツマヌダ格闘街』という漫画を10年連載した後、この作品も売れはしたんだけど、もっと売れるものを描きたいな……と思ったんです。それでいろいろとがんばってみたんですけれども、その後、2作続けて、残念ながら売上は振るわずに打ち切りになってしまった。
そうした経緯があって、当時、「そろそろ『異世界もの』にちょっと詳しくなっとかなきゃいけないな」みたいな感じで、ネットで見つかるものを、とにかく本当に手当たり次第に読んだんです。「これは面白そうだな」と思ったものに関しては単行本も買って。少なくとも1年間で、1000件以上は読んでいるはずです。その過程で「悪役令嬢もの」というジャンルがこの系統にあるということを知って、その中でも、具体的には『はめフラ』(『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』)の存在が大きかったですね。……この話は、今ならしてもいいのかな……。
――なんでしょう?
上山 僕、2017年に父が亡くなったんですけど、母がその頃から認知症を発症し始めたんです。僕はずっと独身で、母と半分同居みたいな形でずっといたんですけれども、そうなるともう放っておくわけにはいかないんで、完全同居に切り替えざるを得なくて。それ以降、ちょっと仕事をセーブしつつ、母の介護をし続けなきゃいけない、個人的にはだいぶつらい状況だったんですよね。
その時に読んだ「悪役令嬢もの」の漫画、特に『はめフラ』に、ものすごく救われたんです。あの作品の、いい子たちのあいだで、いい勘違いの連鎖が起こって、そして結局、みんなが幸せになっていくところに、とても魅力を感じました。それで、同じような感じの作品を、ちょっと自分も描いてみたいな……と考えるようになったんです。でも、その時は自分が、そういうものをちゃんと「描ける」とは、全く思ってなかったんですね。ただ、「悪役令嬢ものを自分が描くとしたら、まあ、本人がおじさんだから、おじさんが令嬢になるのかな」くらいのことしか考えてなくて。だからあくまで自分以外の誰か、もっと悪役令嬢をうまく描ける人に描いてほしいな、くらいの気持ちで4ページの漫画を描いてみたら、それがまあ、Twitter(現X)で大変バズリまして。今でもね、なんであんなにバズったのかわからないんですよ(笑)。でもとにかくバズって、続きを求められているし、こっちもおじさんあるあるネタはまだあるし……っていう感じで続きを描いてみたら、続け様にバズったのでね。そうしたら……まあ、正確には1本目がバズった段階で、今日も同席している担当編集さんから連絡が来たんです。
――連載しませんか、と。
上山 そう。当時も異世界もののネームをいろいろやってたんですよ。でもなんかピンとくるものは全然出てこなかったんだけど、戯れにTwitterに4ページ、仕上げもせずに線画だけのやつを上げたらすごい反応があったから、じゃあもう、ダメ元でこれでやってみようじゃないか、みたいな感じで始まったのが『悪役令嬢転生おじさん』なんですよね。だから本当に、全く瓢箪から駒という感じでした。ひとつ違ったら、自分で描いてはみたけれども、「こんなの別に他の人に見せるまでもないな」って感じで、Twitterに上げなかった可能性すらあったんですよ。でも、やってみてよかったですね。人生、何が起こるかわかりません。
――ホントですよね。
上山 きっかけは偶然で、しかもその時、自分の連載もうまくいっていなかったし、私生活の方がすごく大変な状況であるっていうようなこととか、本当に複雑な状況が絡んだ結果、生まれたものだったんですよね。だから完全に、今回の作品がヒットしていることに関しては、自分が意図して何かを仕掛けたことは何ひとつないんです。全部偶然。ただ、「悪役令嬢もの」というジャンルを描き始めたこと、それでバズったところまでは偶然なんですけれど、一発ネタで終わらないで次々展開させていけたのは、これは30年間漫画家を続けてきて培った技術あってのことなので、そこに関しては……ある意味での、自信みたいなものを持っていますね。バズることまでは自分以外の人でもできたかもしれないけど、そこから先に連載を続けていくのは、多分、自分以外にはちょっと難しかっただろうなという感じは、まあまああります(笑)。
――ぜひそこをうかがってみたいです。多くの作家や、作家志望の人が、一発ネタまでは思いつけても、そこから連載を続ける技術に悩まれているような印象を受けるので。
上山 自分でも経験しているうちに自然にわかってきたことなので、うまく伝えられるかわかりませんが……やはり『ツマヌダ格闘街』が大きかったんです。ひとつの作品を10年間連載してみて、結局「自分のキャラクターを信頼する」ことが大事なんだなとわかったんですね。キャラクターを生み出すまでは、こちらでいろいろなことを考えます。でも、一度キャラクターが確立したら、今度はそのキャラクターたちにアイデアをこっちから渡して、対応してもらうイメージです。もうどうしたらいいのかよくわからなくなったとしても、「この子たちだったらなんとかしてくれるんじゃないかな?」という感じで、困難な状況に立ってもらう。そうすると、意外となんとかしてくれるんですよ、彼ら、彼女らは。
――キャラが作者を越えていくような。
上山 そこなんじゃないかな。物語世界の中でも、物語自体に対しても、作者は神ではないんです。だから、物語そのものと、その中に生きているキャラクターたちを信頼して彼らに任せる。まあ、そうはいっても結局、最終的には全部自分が考えつくんですけど、でも自分の脳みそだけじゃなくて、その作品の中のキャラクターそれぞれの視点であったり、歴史であったりを踏まえて、いろんな視点からある状況を見てみると、新しいアイデアだとか、解決法が出てくるものなんです。もし仮に何も出なかったとしたら、それは申し訳ないけど作者の限界ですので、読者の方に「ここが限界でした」と謝るしかない。
ともあれ、最終的にはキャラクターの声、それぞれの人格にちゃんと向き合って、彼らを信頼して任せることが、続ける秘訣といえば秘訣だとは思いますね。もちろん、彼らが最良の答えを見つけられるように、自分が可能な限りの取材であったり、知識であったりを日々積み重ねてることは前提とした上で。作者のエゴで物語を自分の思うがままにしようとすると、多分うまくいかないんじゃないかなという感じですね。


――憲三郎なんか、とりわけ、無茶振りをしてもとにかくなんとか丸くおさめてくれそうな感じがします。
上山 おじさんならではのとほほな部分で笑いをとりつつ、意外と修羅場をくぐってるんだな、というところがあって、ちょっと角度を変えて解決策が出せるキャラだなと感じていますね。