ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、児島青『本なら売るほど』

今月のプラチナ本

公開日:2025/3/6

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年4月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
(写真=首藤幹夫 協力=飯島書店)

児島 青『本なら売るほど』(1巻)

KADOKAWAハルタC 792円(税込)
●あらすじ●
脱サラした本好きの青年が6年前に始めた古本屋・十月堂。読書家の常連客はもちろん、亡くなった夫の本の買取りを依頼したい老婦人や、少し背伸びをしたい女子高生もこの店を訪れる。売り手と買い手を結ぶ、一冊の古本が紡ぐ物語とは。本を愛し、本に人生を変えられたすべての人へ捧げる、古本屋ヒューマンドラマコミック。
こじま・あお●マンガ家。2022年9月に雑誌『ハルタ』97号に掲載された読切「キッサコ」でデビュー。『ハルタ』98号に読切「本を葬送る」を発表。同作は『本なら売るほど』と改題し連載化される。本作が初のコミックスとなり、第2巻は4月15日に発売予定。人生の合言葉は「ほどほどに流される」。

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【編集部寸評】

本棚に人生が詰まっている

古書店を見つけると、つい入ってしまう。書棚から直に伝わる、店主の想いを味わうためだ。十月堂にも古本が集まり、次の読み手を待っている。遺品から仕入れたエイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』。亡き夫が遺した『寺田寅彦全集』。恋する女子高生が出会った森茉莉『恋人たちの森』。本を読めない本好きの夏目漱石『硝子戸の中』。着物を愛する乙女を鼓舞する岡本綺堂『半七捕物帳』―。一冊一冊に読者の思い出が詰まり、読み継がれてゆく。こうして本棚には人生が堆積してゆくのだ。

似田貝大介 本誌編集長。第4話で描かれる、自作の本棚に囲まれた秘密基地に憧れます。私の部屋は目も当てられない状態なので、まずは整理整頓から……。
 

本を売るってフクザツだけど

本に関わる仕事に就いて15年、子どもの頃ほど無邪気に本と向き合えなくなったのが正直なところである。特に、売ることに関しては。だから本への深い愛情が描かれているであろう本作を読む前に、ちょっと身構えてしまった。その愛と向き合える自分なのだろうかと。しかしそれは杞憂だった。本作はそのような両義的な想いを掬い取りつつ、それでも本を読むことや売ることの喜びを肯定してくれるものだった。あ、書店好きの皆さま、青木まりこ現象が重要ポイントで出てきますよ!!

西條弓子 新井すみこさんの『気になってる人が男じゃなかった』3巻が発売&アニメ化決定! 詳細は167P。『めめSHEやつら』の挿画もお見逃しなく!
 

誰かの愛した本たち

古本屋に行くと途方に暮れる。ここにあるのはすべて誰かに読まれたであろう本なのだ。新刊にはない歴史の厚みが加わっている気がして、自分の本棚に迎えていいのか躊躇する。作中でも常連客の本好きが言っていた。「心ない人に買われるくらいなら心ある人に捨てられたい」。ああ、やっぱり。それでもその厚みの部分を覗いてみたい気持ちは大いにあるので、「十月堂」を訪れる客たちの、それぞれの距離感で本に関わってきた人生を、美しい線でそっと教えてくれる本書のありがたさに感謝。

三村遼子 アンティークや古着にも畏れを感じます。前に使っていた人が大切にしていたものほど、同じようには扱えないだろう自分がふがいなくて手が出せず。
 

本との関係から垣間見えるもの

余白に書き込みが入っている古本に出合うと、思わず心が躍り、愛着がわいてくる。マーカーが引いてあったり、心情が書き込まれていたりと、自分以外の読み手と本との関係性を想像する楽しさも加わるからだ。本作で「十月堂」を訪れる客と本との関係性にも、愛おしい気持ちになる。本に敬意と愛を持つ人たちの物語は読んでいてとても心地いい。作中でクールな老人が言う。「たぶんアナタはアナタが思うより自由よ」。本との関係から、その人の自由な人生が垣間見える、贅沢な一冊だ。

久保田朝子 高級チョコを少しずつ食べるのにハマっています。何が入っているんだ?というほど深い味わいのものも。一気に食べたくなる自分との戦いです。
 

本の終わりを見つめる

十月堂の店主は素敵な人だ。人目を忍んで不良在庫を処分する自らに虚しさを覚えながら、大切にされた大量の蔵書に持ち主の「人生」を感じ、引き取れなかった「人生」の厚みに涙を流す。本に興味のない人が本を捨てに来る場所でもある古本屋で、彼は捨てられたものから、そこに刻まれていたものを掬い上げてくれる。「どうせあの世まで持って行けやしない」からこそ、「心ない人に買われるくらいなら心ある人に捨てられたい」。葬送られるとき、本もまた幸せであったと思えるように。

前田 萌 仕事終わりに1時間ほど車を走らせ、ラーメンを食べに行きました。深夜のラーメンのなんと美味なること……。これはクセになりそうです。
 

読めば読むほど広がる世界

本とはつくづく不思議な媒体だと思う。どこで読んでも様々な物語の世界に行けるし、いろんな人物にも出会える。しかし、それらは読んでいる人たちみんなが同じではなく、それぞれの頭の中だけのものでもある。本書ではそんな本に魅了された人々の繋がりが描かれる。古書店「十月堂」の店主、常連のお客さん、恋心を抱く高校生……。本を起点に見える世界が少しずつ広がっていく。一冊読むことで自分の世界も広がり続けるのだと思うとその果てしなさについわくわくしてしまうのだ。

笹渕りり子 連載『登場人物未満』が書籍化。写真と文章で紡がれた15編のショートストーリーをお楽しみください。戸塚さんとくどうさんの対談はP152から。
 

「本を買って読む自由は 私のものです」

「本」という物自体が好きだ。内容だけでなく、装幀、質感、重さまで。手元に置いておきたくて、自宅の壁面がどんどん本で埋まる。だから、物語冒頭の「古本屋は(中略)本に興味ない人が本を捨てに来る場所でもあった」の言葉に胸が詰まる。どれだけ大事にされてきた本でも、持ち主がいなくなったら、ガラクタ同然——寂しい気持ちと共にページをめくると、本を愛する様々な人たちの姿に、救われた思いがする。いつまでも一緒にはいられないけれど、最後まで、大事に読もう。

三条 凪 尾崎世界観さんの新連載「尾崎世界観の書かなかったこと日記」が今号からスタート! 挿絵はなんとヨシタケシンスケさんです。本誌76ページから!
 

いつか誰かに届くよう

読書は孤独な世界なのだと常々思っていて、むしろそこが魅力のひとつだった。どんな騒々しい場所にいても、ままならない状況だったとしても、本を開けば作者と読者が一対一になれる。だが本書を読んで、読書というのはそんなに狭い世界ではないことも知る。古本にはこれまでの持ち主の思いが脈々と連なり、その歴史はページのように重なっていく。一人で読んでいるのに、一人ではない。まだ見ぬ誰かにいつか届くのかもしれない自分の部屋の本を見て、いっそう愛おしさが増す。

重松実歩 特集作業を通してチンプイの可愛さを再発見。困ったときは「チンプイ!」といったん叫んでみるようになりました。今のところ効果があるような。