大好きな兄がゲイビデオに?過保護兄とブラコン弟のひとつ屋根の下BL『兄弟失格』【書評】

BL

公開日:2025/3/5

兄弟失格りんごの実 /白泉社

 同性愛に対する世間の理解も少しずつではあるが進んでおり、恋愛の成就を祝われることも増えてきたのではないか。だが、もしも同じ屋根の下に暮らす兄と弟が愛し合ったとしたら……。Web配信 で大人気を博した、りんごの実氏によるBL作品『兄弟失格』 が、白泉社からコミックスとして発売された 。描き下ろしのイラストや、新規エピソードが追加されているのもファンには嬉しい限りだ。

 八百屋の次男坊で、高校の陸上競技部では有望な選手として期待される宮嶋八尋 (みやじま・やひろ) 。彼のスマホに友人から送られてきたゲイビデオの中で、見知らぬ男に抱かれているのは優しい兄のキハチ だった……。ヤヒロは、その動画をきっかけに「男」としての兄を強く意識し、やがてふたりは一線を越えてしまう。

 キハチは料理上手な働き者で、蒸発した母親と頼りない父親に代わって家事も家業も主体的に回している。弟であるヤヒロを溺愛するが干渉しすぎず、ほどよい距離で世話を焼いている。そんなキハチのことをヤヒロも友人から「ブラコン」認定されるほど慕っているが、たしかにこんな兄に溺愛されて暮らすなら幸せ……と羨ましくなる。

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 弟の「わがままを聞くために生きているから」 と、倫理を軽く踏み越えてしまうキハチも、大好きな兄の導きに対して素直すぎるヤヒロも、どちらも危うい。とはいえ、陸上で鍛えているヤヒロと、身長181cmの映える体躯を持つキハチの、筋肉質な肢体が絡まり合うさまは、もちろん禁断の関係だとわかっていても、抗えない魅力がある。

 シリアスな設定ではあるが、弟に対しては心配性ながら普段は飄々としているキハチと、まじめで天然なヤヒロのズレたやりとりや、ヤヒロが所属する陸上部の部員たちの男子高校生らしい、わちゃわちゃしたノリは、眺めているだけで癒やされ、話が重くなりすぎることはない。

 誰にも言えない秘密をふたりで抱えていながらも、キハチが作ってくれる食事はいつもおいしそうだし、ヤヒロも陸上部の練習や試合に奮闘する。大人の気配が希薄な家で、キハチの弟を守ろうとする使命感と、それを存分に受けて、好きなことに打ち込めたヤヒロ。ふたりが積み重ねてきた 、家族としての日々が盤石な証左だろう。

 とはいえ、キハチの愛情は、兄弟で支え合うことよりも、ヤヒロに献身的、言い換えれば一方的に与えることに比重が置かれているように思える。「番外編」で 、物語の発端となった動画にまつわる裏話が明かされると、そんなキハチの愛情をより痛切に感じられる。キハチは、その持ち前の肝の太さゆえに悲壮感は薄いが、献身を通り越して無自覚な自己犠牲をしがちである。ふたりの兄弟愛は理想的に見えて、どこかいびつさがあったのではないか。

 庇護すべき弟への献身こそ全てだった兄は、弟から意志を持って「求められる」ことで、そのアイデンティティを揺さぶられていく。しかし、キハチの選んだ道や、それに対するヤヒロの決意は、人間としての大きな成長を感じさせるものだ。相手を思い合うがゆえの葛藤を抱えながら、「兄弟」を超えようとするふたりを見守っていたい。

文=和智永妙

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