1冊の本がつなぐ新たな縁。脱サラした青年が営む古書店で紡がれるヒューマンストーリー『本なら売るほど』【書評】

マンガ

公開日:2025/3/28

 古本屋の店主がどのような日常を過ごしているか、あなたはご存じだろうか。シンと静かな店内にずらりと並んだ古書。黙々と本の整理をしていると、同じく本を愛する客がひとり、またひとりと訪れる――。そんな心やすらぐ光景を思い浮かべる人も多いだろう。

 しかし、実際の古本屋の仕事は思いのほか多岐にわたるもの。決してのんびりしたものではない。漫画誌「ハルタ」にて連載中の『本なら売るほど』は、そんな古本屋の現実をリアリティ豊かに描いた至極のヒューマンストーリーだ。2025年1月には単行本『本なら売るほど 1』(児島青/KADOKAWA)も発売され話題になっている。

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 本作の舞台は、個人が営む小さな古本屋「十月堂」。店主を務めるのは、かつて行きつけだった古本屋の親父の呑気さに憧れて脱サラした、ひっつめ髪の気だるげな青年だ。しかし、いかにも気楽な仕事と思いきや、いざ自分がその立場になってみると現実はそれほど甘くなかった。

 探し求めていた一冊に出会って興奮する人。じっくり品定めをする常連客。傍から見れば本と本好き相手の商売だと思われがちだが、そもそも古本屋を訪れるのは本好きの人間ばかりではない。暇つぶしに立ち寄る人や、夫の蔵書を売りに来た人も。古本屋の客層は実に多彩だ。

 思い出の本を手放すことに迷う人もいる。また、故人が大切にしていた古書の査定を頼まれることもある。そんなときただ値段をつけるだけでなく、本の背景に耳を傾けるのもまた、古本屋の仕事の一部だ。

 本作の見どころは、まさにこの「本を通じた縁」にある。本は単なる情報の集まりではなく、人との出会いや絆を生み出す力を備えている。古本屋「十月堂」を訪れる客のひとりひとりが、それぞれの形で本との一期一会を楽しんでいるのだ。

 まっさらな新書と違い、古書には本そのものの価値に加え、前の持ち主の記憶や物語が染み込んでいる。次にその本を手にした誰かは、その一冊を通じて、過去の持ち主と静かに物語を共有しているといえるのではないだろうか。そう考えると、いっそう本を愛おしく思う気持ちが湧いてくる。本を愛するすべての人に読んでほしい作品だ。

文=ネゴト / 糸野旬

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