「模写だけは一級品」屈辱を味わった男、贋作づくりの道へ『贋 まがいもの』【漫画家インタビュー】

マンガ

公開日:2025/4/3

「贋作づくり」をテーマにしたアート×クライム作品『贋 まがいもの』/『贋 まがいもの』(黒川裕美/KADOKAWA)

『アメトーーク!(マンガ大好き芸人2024)』(テレビ朝日)『川島・山内のマンガ沼』(読売テレビ)などで紹介され、大絶賛をうけた『贋 まがいもの』(黒川裕美/KADOKAWA)。舞台は昭和初期。売れない画家が「贋作づくり」に手を染めていく過程を描いた、疾走感あふれるアート×クライム作品だ。

 ダ・ヴィンチWebでは著者の黒川裕美さんへインタビューを実施。著者はどのようにして「贋作」を描いている? 手に汗握る贋作売買の攻防戦はどう作り上げた? 緻密かつ大胆な『贋 まがいもの』の世界を語ってもらった。

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自分の絵は買い手がつかない。それならいっそ…

 才能はあるのに、売れない幽霊画を描き続ける画家・内海馨(うつみ・かおる)。食事もろくにせず、同居人の少女・撫子(なでしこ)、杏子(あんず)からは「得体のしれないおっさん」と距離を置かれる始末だ。

 家賃を滞納し続けた内海は、ついに退去勧告を受けてしまう。金策のために骨董店に立ち寄ると、内海の幽霊画が評価されるどころか「模写だけは一級品」と皮肉を投げつけられる。

 撫子、杏子を食わせ、大切な居場所を守るために。内海は「一度きり」の贋作づくりに手を染める──。

『贋 まがいもの』1話より抜粋/『贋 まがいもの』(黒川裕美/KADOKAWA)

大胆な攻防戦のお手本は『ブレイキング・バッド』。「主人公のうかつさ」が困難を招く

─アート×クライムは日本のエンタメ、とくに漫画では珍しい題材だと感じました。今回、「贋作づくり」というアンタッチャブルな世界に挑戦された経緯をお聞かせください。

 伝記作家が有名人の手紙を偽装してお金を稼ぐ『ある女流作家の罪と罰』という映画を見て、「私は、人に隠れてコソコソと悪いことをする、緊張感のある作品が好きなんだな」と気がつきました。

 そこから世界で起きた贋作事件を調べていくうちに、昭和初期に家族ぐるみで浮世絵の贋作作りを行った「春峯庵事件」を知り、その事件をベースに本作を考えました。

『贋 まがいもの』1話より抜粋/『贋 まがいもの』(黒川裕美/KADOKAWA)

─メインキャラクターとなる内海、撫子、杏子は、それぞれに強さと弱さがあります。3人の関係はどのように構築されましたか?

 少年が主人公だった前作『夕凪に舞え、僕のリボン』の連載が終わった頃、担当さんから「次はおじさんを描いてみては?」とアドバイスを受けました。そこから「しっかり者の女の子と生活力のないおじさんの組み合わせは鉄板だろう」となり、この3人が生まれました。

 主人公の内海には絵の制作にだけ特化してもらい、彼にないものを撫子と杏子が補う構成でキャラクターを考え…。しかし彼らはあくまで大人と子どもなので、内海が子どもたちを支える部分もあってほしいと思い、お互いを補い合う形になりました。

─内海の描く幽霊画や贋作の、漫画表現の域を超えたリアルな筆致に驚きました。作中の美術品たちはどのように作画されているのでしょうか?

 連載開始当初は原稿に鉛筆や墨、コピックを使って美術品を描いていました。しかし同じ絵を何度も描くのはさすがに大変だったので、最近は美術品だけデジタル作画です。

 贋作の作画は、実際に絵師の作品から頭・着物・手などパーツごとに寄せ集め、新しい絵を創作しています。

─美術品におけるモノクロ作画とカラー作画は、それぞれどのような点に気を配られていますか?

 モノクロの作画では実際の絵画をそのままグレートーンにすると明度が変わってきてしまうので、なるべく印象が近くなるように構成し直しています。

 カラーでは、参考にする絵師の作品を見ながら色やモチーフなどの要素を簡略化し、似た雰囲気の作品に仕上げています。

『贋 まがいもの』1話より抜粋/『贋 まがいもの』(黒川裕美/KADOKAWA)

─内海が筆を動かす様子や執筆するときの体勢など、大胆な体の表現が印象に残っています。前作からつづく、体の魅せ方にまつわる黒川先生のこだわりを教えてください。

 私はもともと人体クロッキーが好きで、それが漫画に反映されているのだと思います。

『贋 まがいもの』は『夕凪に舞え、僕のリボン』とは違って動きの少ない作品です。そのため、描画シーンではなるべく過剰に体の動きを出して、画面が豊かになるようにしています。

 最近は疲れが溜まると、大きなクロッキー帳に太い鉛筆でクロッキーをすることも多いです。骨と筋肉の連なりや、それに連動する服や着物のしわなどは描いていて楽しいですね。

─内海たちが贋作を売りに行った先での攻防は、緻密かつ大胆です。かまいたち・山内健司さんも『地面師たち』(Netflix)のドキドキ感が漫画で味わえた、と感想を述べていました。

 私も『地面師たち』(Netflix)は楽しく見ていたので、山内さんにそう言っていただけてとても嬉しかったです。

 身も蓋もない話ですが、「贋作売買の結果」「通常鑑定するときに絶対に見られる部分」は決まっています。それならば、主人公のプライドやうかつさが原因となる困難を用意するのが妥当かな、というところから攻防の流れを決めていきました。

 本作を描くにあたって、ドラマ『ブレイキング・バッド』はとても参考になりました。攻防の大胆さやどれだけ場をかき混ぜるかを、かなりお手本にしています。

『贋 まがいもの』1話より抜粋/『贋 まがいもの』(黒川裕美/KADOKAWA)

─今後発売となる第3巻では、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK)にも登場する役者絵師・勝川春章の「贋作」が登場します。江戸時代の絵師や美術品について、どのように学ばれたのでしょうか?

 江戸絵画の初心者向けの本や手持ちの図録、人から教えてもらった絵師をネットや本で調べては、芋づる式にまた他の絵師を知り…といった感じで知識を得ています。

 取材させていただいた方に「贋作を作ったら面白そうな絵師」を尋ねて、参考にもしていますね。

─本作を執筆するなかで好きになった絵師や美術品はありますか?

 菊川英山はこれまで見たことないタイプの浮世絵師で、好きになりました。粋で洒脱な美人画が浮世絵界のメインストリームだと思いますが、配色や着物の形の取り方・しぐさなど「可憐さ」に全振りされている点がすごく新鮮でした。

 勝川春章も今回好きになった絵師のひとりです。毛描きの細かさ、背景の中間色が他に類を見ない豊かさで、絶対に現物を見たいと思っています。

 絵師とは少し違いますが、2巻冒頭に出てくる岸田劉生の著書「初期肉筆浮世絵」はかなり独断と偏見に満ちた物言いで面白かったです。

─贋作づくりの迫力もさることながら、ファンはキャラクターたちの関係にも魅力を感じています。内海、撫子、杏子はこれからどんな運命の渦に巻き込まれていくのでしょうか?

 悪事に手を染めると、それを利用しようとする人たちが周りに寄ってきます。自分では舵が取れなくなったときに、内海たちがどう動いていくのかを楽しんでいただけたらと思います。

取材・文=あまみん

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